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日本の「失われていない30年」その5

2010年代のある日
とある、オフィス
すこしくたびれたおじさんに、
元気な若手が声を掛ける
「iPhone5買いましたよ」
おじさんは、目を細めながら、
「おっ、いいねぇ。何が変わったの?」
「iPhone4より、1cm長くなりました!」
「そうか。じゃあiPhone20が出たら、
 腰に付けて歩くんだろうな」
「エクスカリバーですね!」

「スマホ」は「スマフォ」か?
などと議論するぐらい
スマートフォンが普及し、
急速に進化した

スマホは出張スタイルも変化させ、
・Googleマップで出張先確認
・移動中もオフィス同様のメール操作
・書類はPDFファイルで確認
など、環境はがらりと変わった
若手からは、
「昔って、どうやって仕事してたんですか?」
と聞かれるぐらいだったが、
「のろしと伝書鳩」
と答えるようにしていた

モバイルをはじめ、光ファイバーなど
高速インターネットがあたりまえの時代となった

そのころ会社でも時代の流れは恐ろしく早く、
エンジニアとして先を考えたうえで、
部署をシステム関係へと転籍した

2010年代をひとことで言うと
新世紀の萌芽
21世紀が芽吹き始めた瞬間だった

たしかに、それ以前から変化を求められた
しかし、変わることは難しい

2011年の東日本大震災が大きな潮目だった
震災後、会社はしばらくは開店休業状態
そのなかで、
働くことや、家庭の大事さ、
生きていくうえで大事なものは?
なにげに、だれもが
話の端々に語るようになった
なにより、ネットなど
いままでにない繋がりができて
古い慣習が塗り替えられた
特に、SNSなど個人の発言や告発が、
企業側にも脅威となり、
変わらざるを得ない部分もあった

残業が美徳 → 残業は経費の無駄
育児は母親 → 父親も育児が当たり前
独特な社風 → パワハラ、セクハラ禁止

ようやく、変化が許容されるようになった

2010年代のニュース マイトップ3
 1位: 2011年 東日本大震災
      余震が続き、みんなが屋外へ避難するのを横目に、
      来客した業者と打ち合わせをしていた
      (すぐさま打ち切って、みんなと避難したが)
 2位: 2019年 平成から令和へ
      やはり、最初は慣れなかった「令和」
      発表していた菅さんは総理大臣になるだろうと
      漠然と思った
 3位: 2012年 iPS細胞関連で山中教授がノーベル賞受賞
      万能細胞や再生細胞など夢のある単語を聞き、
      ようやく未来がやってきたとワクワクできた

2010年代の思い出 マイトップ3
 1位: 2011年 転籍(部署移動)
     エンジニアのくくりではあるが、
     メカデザイナー→システムへ大きく転換した
     捨てる神あれば、拾う神ありである
 2位: 2016年 こちら葛飾区亀有公園前派出所が連載終了
     終わるはずのないものが終わった感があふれた     
 3位: 2015年 勤務場所の移動
     通勤時間が30分→2時間になる
     田舎のねずみが都会のねずみになった

2010年代をふりかえると
やはり、東日本大震災の影響は大きかった
・スーパーの陳列棚からものがなくなる
・ガソリンスタンドは行列、その上売り切れ
・計画停電で混乱
いままでの経験にないことが起こった

デジタル化の波が押し寄せた
一昔のやり方では通用しない
変化の時
テレビや新聞より、ネットの時間が増えた

会社や働く環境もがらりと変わった
社内でも、派遣社員の方が多いところが現れた
このころから、コンビニのレジで外国の方を
よく見かけるようになった

プレミアムフライデーはまだいい
シャイニングマンデーは、
ジャックニコルソンしか出てこない
後世の人が聞いたら、
生類憐みの令なみに、不思議がられるだろう

だんだんと景気が良いニュースを聞くようになったが
一介の会社員には、その実感はなかった

ドローンが飛び始めた
ボカロが歌いだした
おっさんが美少女になって踊ってた
こち亀がおわった
そして、令和になった


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