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失笑(小話)

『失笑』

ある女性と帰宅中のバスで

「っふふ」

私は小説のある一節を読み、思わず失笑してしまった。私はこの笑い共感してもらいたいという些細な気持ちから、隣にいた彼女の方に振り向いた。彼女は携帯に夢中で、私が失笑していたのすら知らなそうだった。私は今、この笑いを共有すべきか迷った。つまり、私をうちから軽く叩くように湧き出た、少なからず価値を持つ「笑い」も、彼女の無関心の前には、その価値を無くしてしまうのではないかと、感じたのである。しかし、私はどうしても共感が欲しかった。なぜなら、私にとって高尚な存在である彼女も共感した「笑い」ということになれば、私の「笑い」のセンスにも、価値ががおけると思ったからだ。私は意を決して、彼女に話しかけることを決めた。説明がまごついてはいけないので、話仕方を軽く決め、いざ話しかけた。

「なあ、この酔っぱらいのセリフ、ひょうきんで面白くないか?」

彼女はスマホから目を離し、私の持っている小説に目を向けた。彼女の眼球が上下しているのをみて、興味がないわけではないのだとわかり安心した。

少し経って、彼女は首を傾げて一言。

「わからん」

と言った。

私の浅はかな期待は、打ち砕かれてしまった。

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