見出し画像

【俊助は、ゲーム中】

この作品は、世の中のお母さんに響く内容の作品となっております。
作者 HAL

俊助が部屋の奥で没頭していたのは、いつものオンラインゲームだった。学校から帰ってくると、宿題もそこそこにパソコンの前に座り込み、夕飯の時間になるまでほとんど動かない。ヘッドセットを装着し、画面に映し出された仮想世界の中で、彼は仲間と共にモンスターを倒したり、クエストをこなしたりしていた。

母親の美和は、俊助のそんな姿に少しだけ不安を抱いていた。最初は趣味程度だと思っていたゲームが、今や彼の生活の中心になってしまっているように見えたのだ。母親としては、もっと外で友達と遊んだり、勉強に集中してほしいという願いがあった。しかし、無理にゲームをやめさせることが良いとも思えない。

「俊助、夕飯よ」

リビングから呼びかける美和の声が、彼の部屋まで届く。しかし、返事はない。ヘッドセットのマイク越しに、ゲーム内の仲間との会話が続いているのが聞こえる。

「おい、こっちのモンスターも手伝ってくれ!」 「了解、そっちに向かう!」

そんなやり取りが俊助の口から漏れ聞こえる。美和はため息をつきながら、再び声を上げた。

「俊助!夕飯できてるってば!」

今度は少し声を張り上げたものの、部屋の中からの反応はない。しばらくの間、手を止めてその場で様子を見守っていた美和は、ついに部屋のドアをノックする。

「俊助、聞こえてるの?」

「あ、今ちょっと待って!クエストが終わったら行く!」

彼の声は焦っていたが、すぐに再びゲームの世界に没頭したのが伝わってくる。美和は眉をひそめ、しばらくその場で立ち尽くしていたが、やがて台所に戻り、夕飯を温め直した。

俊助の父親、和彦が仕事から帰ってくると、すでに夕飯の準備は整っていた。しかし、息子はまだ部屋の中で「ゲーム中」だ。

「俊助、まだ来ないのか?」と和彦が尋ねると、美和は軽く肩をすくめた。

「またゲームしてるのよ。クエストとかいうのが終わらないって言ってるけど、いったいどれだけ時間がかかるのかしら」

「まあ、あんまり強く言ってもなあ」と和彦は苦笑しながら、夕飯を食べ始めた。

美和は夫と一緒に食卓を囲みながらも、心の中で悩んでいた。息子の興味がどんどんゲームに向かってしまい、家族との時間が失われている気がしてならなかった。

夕食を終えたあと、和彦はふと、俊助の部屋のドアをノックした。

「俊助、ゲームは楽しいか?」

「うん!すごく楽しいよ。今日、レアアイテムが出てさ、それをゲットするために仲間と協力してるんだ」

「そうか。でも、ゲームもいいけど、家族との時間も大切だと思わないか?」

その言葉に、俊助は少し戸惑ったようだった。しばらく沈黙が続いた後、ようやく彼が言葉を口にした。

「…うん。でも、今のこの時間も大切なんだ。みんなで協力してやってるから、途中でやめられないんだよ」

和彦は息子の真剣な様子を見て、思わず微笑んだ。自分も若い頃、夢中になるものがあったことを思い出したのだ。だからこそ、無理にそれを否定することはしたくない。しかし、家族としてのつながりも大事にしてほしい。

「分かった。でも、時間を決めることを考えたらどうだ?お前が楽しむことも大切だが、家族との時間もな」

「…そうだね。気をつけるよ」

その会話を隣で聞いていた美和は、和彦の冷静な対話に感心しつつも、心のどこかでまだ引っかかるものがあった。

数日後、学校の終わりに、俊助は友達と話していた。

「最近、うちの親がゲームばっかりやってるって言ってさ、ちょっとやりすぎかなって」

「まあ、確かに時間決めた方がいいかもな」と友達は賛同する。

その夜、俊助はリビングに降りてきた。ゲームはやめて、夕飯の時間に間に合った。

「今日は早いじゃないか」と和彦が声をかけると、俊助は少し照れ臭そうに笑った。

「うん、ちょっと家族との時間も大事かなって思って」

美和は驚いた表情を浮かべながらも、心の中でほっとした。俊助はゲームの中でも仲間を大切にしているように、家族のこともちゃんと考えてくれていたのだ。

その晩、家族みんなで久しぶりにテレビを見ながら団らんのひとときを過ごした。ゲームもいいが、家族との時間もやはり大切だ。俊助はそのことに気づき始めていた。

物語の終わりに、美和はふと、自分自身が俊助に何かを押し付けすぎていたことに気が付いた。彼が夢中になるものを理解し、共にバランスを見つけることができたのは、俊助自身が少しずつ成長している証だった。

翌朝、俊助は言った。

「お母さん、今度一緒にゲームしてみる?」

その言葉に、思わず美和は微笑んだ。

「じゃあ、教えてくれる?」

「もちろん!」

そして、俊助は母親にゲームの世界を少しずつ教え始めた。母親と息子の新しいつながりが、そこから始まっていくのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?