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短編小説「縁の切り方」

昔からの知り合いを喫茶店に呼び出したのは、

およその人間が仕事を終えている午後6時だった。

彼が背広を簡単にたたんでどっかり私の正面の席に座った。

私はそれに合わせて、この店で一番高いコーヒーを二つ頼んだ。

「呼びつけておいて、この高いコーヒーはお前のおごりなんだろうな?」

私はケラケラと笑いながら答える。

「仕事を辞めて新しいビジネスを始めたんだ。

今日はその話だ」

私は左腕につけている豪華な装飾の時計を見せびらかすように時間を確認した。

「そのビジネスってのはどんなもんだ?」

ヤツは怪しげな顔をしながら私を覗き込んだ。

私の欲しかった顔だ。

「簡単だよ。水を売るんだ」

そう言いながら私はカバンから500mlのラベルの付いていない水を取り出した。

「F山から湧き出た天然水だ。健康にも美容にも効果がある。

これをお前に売ると、俺に利益が入る。

お前が俺から買った水を他のやつに売れば、お前だけじゃなくて俺にも利益が入る。

どうだ? もう俺は今月50万も稼いだぞ!」

ヤツは怒りとも呆れともつくような表情をしたのだった。

「典型的なマルチ商法じゃないか!?

 その時計もコーヒーも俺を騙すための道具だろ?

そんな古い手に誰が騙されるものか!

お前とはこれまでだ! もう関わるな!!」

そう言ってヤツはコーヒーが来る前に帰ってしまった。


まんまと騙してやった。

昔から馴れ馴れしくて鬱陶しいヤツだと思っていたのだ。

図々しくて無神経で。

正直嫌いで仕方がなかった。

これで後腐れなく縁が切れるというもんだ。

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