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旅をすること(essay_room501)

この水平線の向こうにはどんな世界が広がっているのだろう。わたしたちの立っている向こう側にはきっとユートピアが存在する、そう信じて丸い地球をしらみつぶしに巡った結果は、言うまでもない。わたしたちはいま、ディストピアに生きているのかもしれない。

立っている場所から逃れることができないのであれば、変化するほか手段はない。諸外国の文化を取り入れたり、ときには暴力的なまでに啓蒙したり、さまざまな手や、あるいは武器を使って、、、結果として世界は随分フラットに成り果てた、かのように見える。現代人はそれを「見も蓋もない」と言い放つ。しかしその一方で、その身も蓋もなさによって自由に旅ができるようになったとも思う。

この何処までもなだらかに見える現代において、バーチャルならさて置き、アクチュアルに旅することにどんな意味があるのだろう。部屋に籠って小説を読んでいる方がよほど「旅」したことになる、そう思うのはわたしだけだろうか。

そんなことを考えながらわたしはいま、作品の前に立っている。この作品がわたしの前に現れることは、わたしのライフプランには組み込まれていなかったはずなのに、なぜ突然あなたはわたしの前に現れたの?こんなにフラットに見える世界でも、一歩足を踏み出せば偶然なにかに出会う。それは小説のページをめくり、新しい言葉に遭遇することと同じだと気付く。

耳をすませば世界の声がきこえる…

ようこそ、フラクタルの世界へ。もっと近くにおいでよ、なだらかに見えているのは、あなたがそこに立っているからだよ…


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