#8 魔物(富士山御殿場口登山道新五合目: 人間交差点2021)
今日は正午から午後9時までの勤務だ。日が暮れて、御殿場登山道に夜の帳が下りる頃、駐車場方向から一つ、三つ、また一つと灯りがやって来る。弾丸登山と呼ばれる夜間登山者のヘッドライトの灯りだ。週末の金曜日、土曜日、祝日の前日は平日に比べて格段に多い。連続した休みが取れない人、山小屋の予約が取れなかった人、出費を抑えたい人等理由は様々だが、目的はみな同じだ。山頂でご来光を迎えたい」のだ。御殿場口登山道新五合目から山頂までの平均所要時間は8時間だ。山頂でのご来光時間が午前4時30分頃とすれば、午後8時頃には鳥居をくぐり、夜通し登り続ける夜間登山になるのは当たり前のことだ。快晴無風の天候なら未だしも、五合目に強い雨が降っていても、強風が吹き荒れていても、山頂を目指す登山者はやって来る。まるで魔物に吸い寄せられているように。
「こんばんは、これから登られます?」「はい、頑張ります」「いま、ここでこの天候です。六合目より上は、雨・風がもっと強いと情報が入っています。今夜は止めて明日の朝にしませんか?」「大丈夫、鍛えてるから!」「大石茶屋の先は半蔵坊の山小屋まで避難する所は何もないんですよ」「大丈夫、大丈夫、無理だと思ったら還って来るから」「せめて明るくなってからにしませんか」とこんなやり取りを繰返す。環境保全協力金の話どころではない。人の命がかかっているのだ。あの手・この手で荒天時の登山を思い止まるよう説得するが、理解していただけない場合も少なくない。富士山には魔物が棲んでいるのでしょうか? いえいえ、富士山に魔物はいません。
「休みは明日までだ。明後日から仕事だ。登れるのは今夜しかない」「せっかく遠くから来たんだから・・・」
ほ~ら、魔物はあなたの・・・・・・。