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#5 父を背負いて(富士山御殿場口登山道新五合目: 人間交差点2021)

 早朝組から勤務を引継いで2時間余り。御殿場口登山道の鳥居を通過した登山者は、まだ10名ほどだ。下山者も少ない。今日は家族連れで散策を楽しみに訪れる人が多い。今日のこの時間帯は、八合目あたりから雲に隠れて山頂を望むことはできないが、眼下の御殿場・裾野、時折箱根の大涌谷の噴煙を目に入れることができる。
散策で訪れた観光客の皆さんにも「こんにちは」とお声がけをする。富士山の環境保全活動を知っていただき、多くの方に理解を深めるためだ。求められればスマホのシャッターを押すことも度々だ。初めて訪れた人には、散策のビューポイントを説明することもしばしばである。 
 
夕方近く3名の登山者がやってきた。2名のグループと単独の登山者だ。2名の健康チェック等の手続きをしている間に、単独の男性は背負っていたリュックを肩から丁寧に降ろした。そのリュックを見て驚いた。一般的な登山者の2倍近い大きさだ。「荷物は最低限にして必要なもの」に限定するのが人情なのだが。
 
 年の頃は40台前半か?登山帽にヘッドライト・上下揃いの登山服・しっかりとした登山靴。精悍な顔つき、一点を見つめるような鋭い眼光。並々ならぬ決意を感じた。
「リュック 大きいですね?」というと、一瞬ためらった様子だったが、「はい、先月父が亡くなりまして・・・・・父が入っているんです。富士山が大好きだった父親と一緒に、ご来光を迎えようと来ました」と。この言葉に一同言葉を失った。長患いの果てなのか、突然の事故なのか、コロナに起因するものなのか、などと誰ひとり口から漏らさなかった。皆 この男性と遺骨となってリュックに仕舞われた父親の深い愛情に言葉を失った。
 
手続きを終えてリュックを担ぎながら「明日の天気はどうでしょう?」と彼は聞いた。「ここ2~3日は日中は曇りだが、夕闇が迫るころから雲は流れ、翌日の昼頃まで快晴です」と告げると「良かった」とポツリ。「では 行ってきます」「いってらっしゃい」「お気をつけて」「明日は晴れますよ」と鳥居をくぐる彼の背に向かって皆で激励をして送り出した。鳥居の先の森に彼の姿が消え、夕闇の迫るころから雲は流れ、やがて山小屋の明かりが輝いて見え始めた。「よし」と勝手に一人で納得し帰路に着いた。
 
翌朝4時に目が覚めて窓を開けると、雲一つない快晴の中に霊峰富士が悠然と聳えていた。ありがとう。

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