#9 美女と…(富士山御殿場口登山道新五合目: 人間交差点2021)
前線の影響で二日ほど前から雨模様が続き、昨夜の天気予報では「今日の午前中から大きく崩れる」との予報であった。検収所資材小屋に午前3時50分到着。小雨・微風の中、板妻さん・駒門さんと手分けして検収準備を完了した。4時過ぎに2人組の登山者がやってきた。天候の悪化を伝え「亡くなった方もいますよ」と延期するよう促したが、「大丈夫、ひどくなったら帰るから」と翻意させることはできなかった。2人組は小雨の煙る中、出発して行った。二人の姿が見えなくなったころから、雨脚が強まり、風もでてきた。簡易テントが吹き飛ばされそうになってきたので、テントを撤収し検収所を資材小屋に移した。
雨・風がやや強くなった6時頃、雨具に身を包み、金剛杖を手にした男女の登山者が現れた。一見、高齢者の父親と中年の娘さんのように見えた。父親は小太りで身長160㎝くらいか。娘さんの方が身長は高く、中肉中背で背筋の伸びた美しい顔立ちの方だ。
「おはようございます。これから登山ですか?」「はい、いまから頑張ります」
「今日は荒れますよ。亡くなられた方も見えます。天気の良い日に登られたら…」
「大丈夫。山小屋も予約してあるし」と暖簾に腕押しだ。服装・装備は万全の様子。
二人は、健康チェックと体温測定を行い、保全協力金を募金箱に入れて「じゃあ 行ってきます」と歩き始めたが、鳥居のところで記念写真を取り始めた。中畑さんが駆け寄り撮影をかって出た。撮影後、2~3分話し込んでる様子だったが、二人は頭を下げ、登山道を登って行った。小屋に帰った中畑さんの話によると、お二人は22歳ほど年齢差のあるご夫婦で、奥さまが東南アジアの秘境を旅行した時に偶然ご主人と会われ、意気投合して結ばれたということだった。それからしばらく登山者は見えなかったので、ついつい年齢差のあるご夫婦の話になった。「こんな雨風の強い中、よく登るもんだね」「どちらの意見が強いのだろうね」「山小屋は八合五勺と言っていたけど、今日はきついよね」「美女と・・・のようなご夫婦でしたよね」等など皆心配のようだ。風雨は相変わらず、収まる様子もない。登山者も来ない。2時間ほどたった8時頃、登山者がやってきた。30代中ごろの屈強な体型をした二人だ。外見上装備も万全の様子。体調チェック・体温測定を終わり、保全金を募金箱に入れた2人にも、天候悪化の予想・亡くなった方のいることを伝えた。「無理をせずに行きます。天候がこれ以上悪化すればすぐ戻ります」という。出発しようとした二人にご夫婦の話をした。「見かけたら声をかけてみます。大丈夫ですよ」と力強い言葉を残して鳥居をくぐっていった。この二人なら大丈夫と皆が少し安心した。
風雨は徐々に強まり、午後の遅番との交代時間が近づいた11時半頃、心配していたご夫婦が下山して来られた。お二人とも元気そうだ。奥さまは雨に打たれて化粧が落ちていたが美しい容貌はそのままだった。「いやあ 六合目近くまで行ったが、雨・風が強くなったので帰ってきました。僕は自信はあったんだけどね。妻が心配でね」とご主人。「とにかく無事に帰られておめでとうございます」と中畑さん。「捲土重来を期す。ということで今日は帰ります。いろいろありがとう」
「はい 富士山はいつでもお二人を待ってます」と、ご夫婦を見送った。
「ご夫婦のカタチに形はないね」と板妻さんがポツリ。
お二人とも いつまでも お幸せに!