あなたのものがたり7
ナイトウさんのものがたり ナイトウさんとタナカさんとあなた
ミュータントの出現で盛り上がった、シアトルホームステイの仲間たちと語り合った帰り道、ナイトウさんは自転車を押し、自宅のある希望が丘団地へ坂道を上っていた。
(イナゴ?)
かすかな羽音を立てて、イナゴに似た昆虫が目の前を通り過ぎた。
よく見ると、その昆虫は…昆虫に見えない…
!!!?
イナゴのようなナニカは、塀の上からナイトウさんを見下ろす、トラ猫の頭に飛び乗った。
そのナニカは、金の王冠、人の顔と女性のような長い髪、獅子のような牙、蠍の尾のような長い針がついていた。
「にゃんこちゃん逃げて!」
そのナニカの異様な形状に、直感的な恐怖心から猫に大声で話しかけた。
話しかけるや否や、猫は塀からナイトウさんに向かって飛び降り、頭を振りながら近づいてきた。
いきなり大音量の羽音が正面から鳴り響く。
ナニカは一匹ではなかった。
気球を一回り小さくしたくらいの、ナニカの大群が猫を取り巻いた。哀れな猫は、一瞬、ギャー!!と叫んだ後に、骨も残さず食いつくされた。
ナイトウさんは声を上げることもできなかった。恐怖に震え上がり、回れ右をして自転車に飛び乗り、坂道を全速力で降りて行った。
後ろから羽音が聞こえる。
時々止まっては、何かの叫び声のような音が聞こえ、またこちらに近づいてくる。
息切れがしている自分に気づかないまま、ナイトウさんは団地から下った林の中の砂利道に迷い込んでいた。
10年以上前に引っ越してから、長らく暮らした街だが、知らない景色が通り過ぎていく。
(あれ?)
羽音に交じって、声が聞こえる。
上のほうからだ。
「こっちだよ」
上を見ると、ハトが飛んでいる。
なぜかナイトウさんは、それがハトの声だとわかっていた。
当然の事実として、その声がハトの声だと理解していた。そして、自分の名前は”ソロモン”だと知っていた。
冠をかぶり、精巧な彫刻の施された指輪をした王のような男性が、自転車をこぎ、林の中、砂利道を走っていた。
ナイトウさんは、旧約聖書に記された、万物の声を聴く王”ソロモン”にミューテーションしていた。
(ハトが食べられちゃった…)
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