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彼女よ。サイゼリヤを愛していると言ってくれ

 プロポーズはアマン東京。指輪はハリーウィンストン。結婚指輪は給料の3ヶ月分というけれども。俺の場合は年収ごと吹っ飛んだ。

 指輪を受け取った彼女は、ニンマリと嬉しそうに笑みを浮かべる。もちろん、プロポーズもOK。さあ、あとは問題の両家顔合わせだ。けれど僕にとって、この両家顔合わせのハードルはベルリンの壁並みに高い。

 理由はただひとつ。両親が、ファミレス「サイゼリヤ」を愛しすぎているからである。俺は東京生まれ、生粋の庶民育ち。俺の舌と体は、幼少期から染みついたサイゼリヤによって成り立っている。

 あの両親のことだ。両家顔合わせでさえ、きっとこう言うはず。

「顔合わせ?サイゼリヤでいいじゃない」

 彼女を射止めるために、課金した額は600万円。そんな彼女が、顔合わせにサイゼリヤを選ぶ両親を見たらガッカリするのではないか。

 そもそも港区女子の彼女は、プロポーズの場所を「アマン東京がいい」と指定するし、誕生日はCHANELのマトラッセじゃなきゃ嫌だの。エルメスのピコタンが欲しいから、私の代わりにエルパト(バッグが出るまで、店舗を回り続けること)して欲しいとか。庶民の俺からすれば、無理ゲーの連続でしかない。

 俺は所詮、ただのしがないサラリーマン。エルメス店舗の前を並べば、高そうな装飾品を身に纏うマダムや、煌びやかな細い女性たちがムンムンとした熱気を漂わせている。そこにユニクロのよれたシャツを着た俺が並ぶ。

 女性たちの「この人、もしかして転売屋?」という不信感に溢れた視線が、俺に集中。女たちの刺すような鋭い視線が怖くて、足元の震えが止まらない。

 エルメスのバッグは簡単に購入できないので、フリーでゲットすれば高額で売れる。そのような理由から、転売屋がエルメスのバッグを狙ってエルパトするケースも少なくない。そして、女たちは欲しいバッグを奪い、高額で売り捌こうとする転売屋を執拗に毛嫌う。

 ヘイ、マダム。安心してくれ。俺は転売屋なんかじゃない。サイゼリヤをこよなく愛する両親から生まれた、ただの庶民でしかないんだ。彼女のために、今はちょっと無理してるだけなんだっ……。

 真っ青な顔をした俺を見て、目の前のマダムが俺に声をかける。指元に目をやると、飴玉みたいな宝石がごろっとしてて、今にもこぼれ落ちそうだ。

「私、今日ピコタン紹介してもらう予定だけど。もしよかったらあなたに譲るわ」

「えっ、いいんですか?あのピコタンですよ?」

「いいのよ。どうせ私、顧客だし。また紹介してもらうから。だって、あなた。今バッグを手にしないと死にそうなんだもの」

 顧客。それは日頃からお店の商品をこよなく愛し、スタッフからバッグを紹介してもらえるスーパーなお客さまのことである。

 俺はたまたま会ったマダムのお陰で、運よくピコタンをゲットできた。しかし、そのピコタンがなんと50万円を超えるらしい。俺は知らなかった。エルメスのバッグがこんなに高いだなんて。だって、革だぜ?

 ボーナスが一瞬で吹き飛び、俺の顔はかき混ぜたドリアみたいにぐちゃぐちゃになる。

 ミラノドリア、ムール貝のガーリック焼き、ディアボラ風ハンバーグ。幼少期から今まで、ずっと食べてきたサイゼリヤの味が僕の舌を育てた。

 もちろんコストパフォーマンスを考えると、1,000円以内でムール貝やミラノ風のドリアを食べられるのは素晴らしいと思う。

 けれど大人になり、港区女子の彼女ができた今、思うのだ。はたして僕が今まで口にしてきたものは、本当にミラノ風であり、ムール貝なのかと。

 ムール貝って、響きからしてどう考えても原価高そうじゃないか。僕はずっと、騙されてきたのか。それとも、サイゼリヤとイタリアに太いパイプでもあるのか。

 両親の影響を受け、俺の体はほぼサイゼリヤでできているといっても過言ではない。そんな俺が、彼女と結婚してうまく生活なんてできるのか。

 銀座SIXのDIORカフェ、アマン東京のアフヌン。今まで無理してきたし、カフェの数だけ貯金も減り続けてきたけれども。

 彼女はサイゼリヤデートを。そして、サイゼリヤでの顔合わせを許してくれるのか。いや、俺の両親だって流石に顔合わせで「サイゼリヤ」はないんじゃないか。

 たとえば、なた万とかさ。せめて木曽路。大きく譲って、和食さと。もしくは小樽食堂。このさい、サイゼリヤじゃなければなんでもいい。

 俺は震える手で、携帯の緑のボタンを押す。

「お母さん、両家顔合わせの店決めた?まさか、サイゼリヤじゃないよね?」

「えっ。サイゼリヤの何がダメなの?昼からワインだって飲めるのに」

「いや。ワインとかそういう意味じゃなくて」

「ムール貝やエスカルゴも、コスパ良く食べられるのはサイゼリヤだけじゃない。きっと彼女も喜んでくれるわよ」

 母の快活な声がこだまする。その声を聞くなり、力無い声で俺は「ははは……」と笑った。

【完】


 こちらの作品は、福島太郎さんの企画に参加しています。サイゼリヤに関するショートショートが思い浮かんだ方は、ぜひ参加してみてください。

#サイゼ文学賞

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