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2020年ブックレビュー 『平場の月』(朝倉かすみ著)

50代という年頃が、リアリティーを持って描かれていて胸をえぐられる。40代に比べるとガックリと体力がなくなり、がん検診などで引っ掛かってドキドキする。仕事に対する向き合い方も変化する。人生の中で諦めることも多い。

そんな50代の恋愛をからめた複雑な心情が、こちらの胸に突き刺さってくるような小説が、朝倉かすみさんの「平場の月」だ。また、こんなに筆力のある作家がいたことにも驚く。

主人公の50歳男性、青砥は中学の同級生だった須藤と再会する。中学生の頃からほのかに想い合っていたふたりは、少しずつ遠慮がちに距離を縮めていく。その在りようが、じれったくなるほどだ。

離婚や不倫、挫折…。人生の辛苦を舐めてきたふたりは、これまでの道のりを打ち明け、互いを受け入れていく。残りの人生を過ごすためになくてはならない存在になった頃、須藤が大腸がんと診断される…。

夫と死別し、過去の過ちから金銭的な余裕がない須藤は、病身でサポートが必要なはずなのに、安易に青砥を頼ろうとはしない。青砥は逆に、須藤に頼ってほしい。そのすれ違いが、青砥と須藤の仲に影を落とす。

須藤について「もっと素直になって」と思いながらも、「その頼りたくない気持ち、分かる」と思う自分がいる。みじめな自分の姿を相手に見せるのが怖いし、相手に深入りするのも嫌…。程よい距離感が心地よいことを、そして、大切な相手ほどそうするべきだ、ということをすでに熟知している年代なのだ。

「ちょうどよくしあわせなんだ」という須藤の言葉が、身に染みる。臆病で、身の丈を知り、ささやかな喜びで十分だと悟っている。人生の酸いも甘いも知り尽くした大人の、凝縮した一言のように思う。







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