映画をたくさん観たら、人生のシーズン2が幕開けした話
・すごい山田さんと、すごくない私
「山田はすごいな。お前はさ、もう少し頑張ろうと思わないの?」
同じクラスの男子が声をかけてきた。中学2年生の夏、私は心のなかで舌打ちをする。山田さんは学校のマドンナだ。勉強ができて、顔も性格も天使そのもの。くわえて運動神経も抜群で、さらに帰国子女なので英語がペラペラというハイスペックな女子である。
その山田さんを、なにからなにまで反転すると私になる。山田さんと私。まるで月とすっぽんのような私たちは、どういうわけか友達だった。
すごい山田さんは、吹奏楽部の演奏会でドラムをたたいていた。私が山田さんをうっとり眺めている時、冒頭の言葉がとんできたのだった。
答えられないのでムッツリ黙っていた。山田さんのようになりたい。でも私はポンコツなのだ。誰にでもひとつは才能があるというけれど、私だけは例外。才能の種がないから、頑張ったところで育つものがない。翼がないスッポンは月には近づけない。
「もう少し頑張ろうと思わないの?」
この言葉は棘に形を変えて心に突き刺さった。そして棘を残したまま、私は大人になってしまった。動くと失敗してポンコツがバレてしまうから、なにもしなかった。ポンコツを包み隠して、同じような毎日を繰り返し過ごしていた。
・映画『Life!』との出会い
私は劣等感という名の殻にこもるヤドカリのようだった。「なにもできません」と体をまるめていた。新しい棘は刺さりにくいけれど、むなしかった。
しかし私にも殻を脱ぎ捨てる時がくる。きっかけはベン・スティラー監督の『LIFE!』。
『LIFE!』とは口下手で、すぐに空想の世界にはいりこんでしまう男性が主人公の映画だ。冴えない日々を過ごしていた主人公が、職場で起きたある事件をきっかけに冒険にでるというストーリーである。
映画を観ているあいだ、私は完全に主人公に自分を重ねていた。彼が新しい景色を目にするたびに、感動と興奮で頭が熱くなる。観賞後は「世界が私を呼んでいる。行かねば!」と思うほど胸が踊っていた。
「自分の目で世界を見てみたい。ちょっぴりむちゃな冒険もしてみたい」
一本の映画が私の好奇心を呼び覚ました。
でもなにをすればいいのだろう。
・マダムとの出会い
ある日、私の部署にマダムが異動してきた。マダムは声が大きく、よく笑い、誰にでも気さくに声をかける人だった。
私は自分から人に話しかけられない。話題が思いつかないからだ。でもマダムのデスクトップの壁紙がサメだった。サメ好きとしては素通りできない。思わず声をかけてしまった。
「サメがお好きですか?」
「好きよ」
(もう話題がない。声をかけたんだからもう少し続けないと……)
「えーと。シャチは?」
「好きよ」
「なら一緒に鴨川シーワールドに行きませんか?」
話を続けようと焦っていた。頭が真っ白になる。気がつけばマダムをプチ旅行に誘っていた。
誘っておきながら、断られるのを期待する。
しかし……
「行きましょう。いつがいいの?」
翌々日。まったく打ち解けていない人間と早朝のバスに乗り込んだ。人見知りの自分が、ほぼ他人と遠出をするなんて!
映画のような唐突な旅は予想外に楽しかった。マダムとは「シャチのショーを全制覇しようぜ」と意気投合。時間が進むにつれ、マダムに張り合うように大きな声ではしゃぐ自分に驚いた。
帰りのバスへ向かう途中、夕陽を反射する海面の美しさに心が奪われる。波の音は優しくて立ったまま眠れそう。小さな旅が私の五感をレベルアップさせてくれたように感じた。
・ポンコツという現実が突き刺さる
動画配信サービスは偉大だ。スマホがあれば隙間時間のすべてを映画鑑賞にあてられるのだから。
プチ旅行以降、私は一日一本は映画を観るようになった。鑑賞後は「もし自分が登場人物のなかの1人だったら」という想像をして、映画の余韻を楽しんでいた。想像が盛り上がるにつれ、リアルに映画の撮影地を訪れたい気持ちも高まっていく。
映画の数だけ行きたい場所が増えていく。でも人の移動にはお金が必要だ。私のお給料はスズメの涙で、貯金にいたってはノミの汗だ。頭のなかの旅する私が遠ざかっていく。
想像と現実の架け橋のひとつはお金だ。お金を手に入れる手段として副業という言葉が頭に浮かぶ。 スマホをとりだし「副業 おすすめ」で検索する。ズラリと並ぶ仕事の募集。そのなかに、私にできるものはなさそうだった。
想像の世界から現実的な問題の前に放りだされる。私はすっかりおよび腰になってしまった。
「やっぱり私はなにもできない」
ふりだしにもどりかけていた。
そんな、ある日の帰り道。
「私退職するから!」
マダムが家庭の事情で退職した。
・シーズン2の撮影開始
マダムの退職日。職場から駅までの道を並んで歩いた。
マダムがいなくなる寂しさと劣等感がごちゃまぜになって、心が騒がしい。つい自分への悪口をマダムにぶつけてしまった。
「ホラー映画の日本人形みたいな顔だし、ポンコツだし。情けなさすぎる自分が嫌いです」
突然、マダムが立ち止まった。
「私が好きなものを悪く言わないでちょうだい!もっと自信をもちなさい!あなたは本当はポテンシャルが高いんだから!」
やまびこがかえってきそうな大きな声だった。びっくりして背筋が伸びる。めちゃくちゃ怒られていると思ったけれど、めちゃくちゃ褒められていた。ただポテンシャルの意味がわからなかったので、私のなにが高いのかはわからなかった。
マダムと別れたあと「ポテンシャル」を検索する。「潜在能力」「可能性」を意味する言葉だった。私に可能性があると思ってくれる人がいるなんて……
地球上で1人、自分を推してくれる人がいるのだから、私はまだどんづまりではないのかもしれない。
ファンの期待に応えなければ!
ファンの出現で謎のプロ意識が芽生えた。私のシーズン2がはじまったのである。
・とにかく行動してみよう
主人公が行動を起こさない映画はつまらない。「続編はいらなかったな」と思われてしまう。ポンコツのままでいいから、とにかく行動してみよう。
私はオンライン講座でライティングを学びはじめた。「言葉」に「なにもできない私」から抜けでる突破口があるような気がしたからだ。
自分の可能性について考えたとき、言葉の表現と想像力だけは「おもしろい」と言われる機会が増えていることに気が付いた。おもしろいと言ってもらえる私の言葉を、想像と現実の架け橋に活かせるかもしれない。いや、活かせるようになろうと思い、勉強をはじめた。
私におもしろく物事を見る視点が身についたのだとしたら、それは絶対に映画のおかげだ。突然地球の命運をたくされたり、ゾンビに噛まれたり、映画は非日常の刺激が味わえる。
私は一日一本は映画を観ている。一つの作品を約2時間とすると、一か月で約62時間。一年で約730時間を別世界で過ごしているのだ。映画から持ち帰った感情を口下手なりに工夫して伝えていくうちに、「私の表現」が生まれたのかもしれない。
自分を嫌うことに費やしていた時間が、今は自分の可能性を育てる時間に変わっている。
シーズン2は私の成長物語になるはずだ。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?