スモールステップの罠
さて、苦手だけど嫌いではないとか、話が複雑になって戻ってきました。複雑になるのは、より正確になることであり、繊細になることなので、良いことだと思います。
私としては、「苦手」と「嫌い」は言葉としてはもちろん違う意味を持っていることは分かっていますが、「あの人嫌い」と言うと角が立ってしまうから、「あの人苦手なんだよね・・・」と濁す言い方をすることを想定して、「苦手な人」と表現したつもりでした。やっぱり言葉は丁寧に使わないといけないなぁと思った次第です。
苦手だけれど嫌いではない人と言われて真っ先に頭に浮かんだのは、学部生時代の指導教官の顔でした。研究者として、指導者として、当時からずっと敬愛しているのですが、彼の前に立つと自分の努力不足、能力不足を感じ、自分がひたすら小さくなってしまうような感じがしました。先生は一度たりとも、声を荒らげたり、生徒を叱ったりしたことはなく、いつでも我々の話を興味を持って聞いてくださり、色々なアドバイスをくださったのですけど。ご自身と、ご自身の研究に対する厳しい態度が、何も言わずともこちらにプレッシャーをかけてくる、そんな存在でした。先生、怖かったなぁ・・・。でも、とても好きでした。
話は変わりますが、おふたりとも療育界隈で使われる、「スモールステップ」というワードはよくご存知ですよね。その子にとって、一つのまとまりとしては出来ない課題を、ステップを細かく分けて、一つずつクリアすることで、最終的に出来るようになる、というあれです。例えば、「おつかい」が課題だとしましょう。お金とメモを渡されて、「これを買ってきて」と言われたら、ひとりでお店に行って頼まれたものを買い、品物と一緒に、お釣りとレシートを持ち帰って、おつかいを頼んだ人に渡すところまで出来て、「おつかい」が出来ると言えます。これを、どれくらいのスモールステップに分ける必要があるかは、その人の現在の能力次第ですが、ひとりでお店まで行けるとか、頼まれたものを間違えずに選べるとか、お金の支払が出来るとか、分けようと思えばかなり細分化出来ます。
このスモールステップの考え方を、一般にも使おうとする向きはありますよね。自己啓発本などでもありそうです。(というか、勤務校の廊下に貼ってある写真入りの壁新聞に書いてあったのですよね)
①大きな目標を設定する 「夢は英語の先生」 ②目標の達成に必要なことを逆算する「そのためにもっと英単語や英会話表現を知らなきゃ」③今できることを実行する「英語の小テストで満点を取ることを目指そう」とか。そして、スモールステップなら小さな成功体験の積み重ねで、モチベーションが続いて、いつの間にか大きな目標が達成できる、と説明しています。もちろん、言っていることは間違っていません。
でもこれって、人によっては罠だな、と思うのです。小さなステップをどんどんクリアして、進んでいくうちに大きな目標を達成、って簡単そうに言うけれど、英語の小テストで満点取れなかったら、次に進めなくなりませんか? 小テストの勉強ばかりしていて、大学入試の対策をしなければ、大学に受かることは出来ませんし、大学に入れなければ英語教師になるための教育を受けることが出来ません。
英語の小テスト満点というステップを作ってしまったがゆえに、全体の目標からしたら大したことのない課題にとどまり続けることになるかも知れません。また、「英単語を完璧に覚える」ことに拘って、本来の目的が何だったのか分からなくなる、という自体にも陥りかねません。小テストのような小さな課題の方が、心理的な負荷も低いので、より大きな課題(大学入試など)と向き合うことを避ける手段にすら出来てしまいます。
実際、そういう生徒は珍しくない、とさえ思えます。
もともとのスモールステップの考え方は、一般的には一つの課題と思われるものを、細かくわけて習得するという考えで、将来の夢を叶える、みたいな誰にとっても複数のステップがある大きな目標には適さないように思います。
大きな目標の場合、もちろんゴールから逆算して今できることを実行することは必要なのですが、50%しか出来てなくてもとりあえず最後までやってみるとか、思い切って新しい環境に飛び込んでみるとか、分からないことは分かる人に聞くとか、アバウトでいいから前進していく力のほうが、目標の達成には必要なんじゃないかなあ、と廊下に立ち止まりながら考えていました。そうしないと、全体からしたら些細な課題につまづき続け、先に進めない、スモールステップの罠にハマってしまうのではないでしょうか?
お二人はどう思いますか?
(M.C)
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