第53回全日本大学駅伝おうち観戦記
出雲駅伝からわずか4週間、私の大好きな全日本大学駅伝が無事に開催されました。優勝を目標に掲げながら三大駅伝三回連続6位というのはなかなか厳しい結果ですが、今回もまた強さが垣間見える素晴らしい走りを選手たちが見せてくれたので、母校・早稲田大学の選手を褒めちぎるだけの記事を残しておきます。(約6500字)
全日本大学駅伝
1区・伊藤くん(スポ科1年・佐久長聖)
出雲では苦しみましたが、前半の流れ重視で行く戦略をとると相楽さんが公言した上での1区起用となりました。元々集団走を得意とする選手ですし、強豪佐久長聖で主将を張っていたので1区特有のプレッシャーにも強いことが買われたのでしょう。昨年に1区で好走した辻くんを押し退けての出走なので状態は良いに違いないと期待しながら見ていました。
実際、とてもクレバーなレース運びでした。序盤では集団の後方で力を溜め、徐々に端へ移動してペース変動や仕掛けに対応できるようにし、集団が縦長になってからは前方へ。3人が区間記録を更新するようなハイペースの中、先頭から13秒差の6位で襷リレーという上々の出来でした。最短区間ながらアップダウンのある1区で、佐久長聖時代に鈴木芽吹くん(駒澤大2年)と並んで上り担当だったというのも納得の走りでしたね。TVには映りませんでしたがラスト数百メートルになってスパートをかけて順位をひとつ上げた点はぜひ知られてほしいです。
今回の伊藤くんの素晴らしさについて、特筆すべきは出雲駅伝からの持ち直しの早さでしょう。1位が見える2位で襷を受けて順位を落としたので、自分を責めたり駅伝に苦手意識が芽生えたりするのではないかと伊藤くんを案じていたファンは多かったことと思います。しかしながらレース後すぐに「単独走と向かい風への対応が課題」と冷静に分析し、その心配を杞憂に終わらせてくれました。ポテンシャルの高い選手はその期待値の大きさ故にプレッシャーを浴びやすいですし、推薦枠が少ない状況の中で伊藤くんが将来的にチーム内での大事な役を任されることが多くなることは容易に予想できます。その中で、失敗レースだと感じたものへの対処が速くスランプを未然に防げるというのは頼もしい限りです。
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2区・井川くん(スポ科3年・九州学院)
臙脂が誇る前半区間固定人材。トラック・ロードのどちらでも力を発揮できるタイプで、恐らくチーム1の強心臓の持ち主です。1年生の時は全日本・箱根とも区間順位2桁と苦しみましたが、その悔しさをバネにして練習への取り組み姿勢を抜本的に見直し、2年生以降は全ての駅伝で前半区間を担いながらいずれも区間上位で繋いでいます。
井川くんはレース巧者で、相対的な位置どりの上手さがキラリと光ります。象徴的だったのは2021箱根1区で、1km3分半という驚異的なスローペースでも一度も前に押し出されずしびれを切らして引っ張ることもなく、徹底して身を潜め力を温存していました。その井川くんが今回大集団を引っ張ったのは正直なところ意外でしたし、自分の得意パターンに持ち込むことよりも後続との差を少しでも引き離すことを優先したかのような走りに胸を打たれました。13秒あった差をあっという間に縮めてから、他のランナーに一切頼らず自分でペースを作る姿はとてもかっこよかったです。終盤になって有力校を次々と集団から篩い落としていくその様は2020箱根駅伝1区の中谷くんを彷彿とさせました。
実は井川くんは昨年の全日本大学駅伝終了後、好走したにもかかわらず「先頭で襷を渡したかった。それができなかった原因は、前半に突っ込むと後半に失速するのではないかと不安だったから。前半から突っ込める自信をつけるための練習に今後は取り組んでいく」と部員日記に書いているんです。今回もトップで襷を渡すことは叶いませんでしたが、それでも序盤に突っ込んでレースの主導権を握り有力校とのタイム差を稼いで区間2位ですから、こなした仕事はとても大きなものでした。
個性派揃いの3年生でやんちゃなイメージもありますが、部員日記や早スポ記事では自身の正直な思いを述べる素直さがありますし、こう見えて有言実行する男です。箱根2区を視野に入れているとの宣言もあり、練習量を増やしても故障しにくい体質と相まって期待は膨らむばかりです。
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3区・中谷くん(スポ科4年・佐久長聖)
エース区間で抜群の安定感を誇る中谷くん。出雲駅伝では暑さに苦しみ消耗した印象でしたが、全日本にしっかり合わせてきたのは流石です。4年連続、エース区間の3区起用に誰もが納得し、昨年同様の爆走を確信したことでしょう。
襷を受け取った際に井川くんを労うように肩をポンと叩いたところから上級生らしさが滲み出ていましたし、序盤から追い上げてすぐに力のある伊豫田くん(順天堂大3年)に追いついたのは見事なまでの昨年の走りの完全再現でした。規格外の速さで飛ぶように走るヴィンセント(東京国際大3年)が後ろから来て追い抜いて行った時にいつものようについていこうとしたあと、すぐに自重するという冷静な判断ができたのも良かったです。渡辺さんも解説で触れていた通り、この時の判断が後半の伸びにつながりました。
中谷くんは出雲駅伝前の早スポ特集で全日本では8区を希望していると言っており、4年連続の3区は順当に見えてそうでないというのが実情でした。4年生3枚看板のうち千明くん(スポ科4年・東農大二)と直希くん(スポ科4年・浜松日体)の出走が叶わず前半型のオーダーをとるしかないチーム状況となった中、希望と異なる区間でしっかりと仕事をこなしてくれたわけです。最終学年としての覚悟、勝利へのこだわりはこのようなところにも現れているんですね。最後の三大駅伝である箱根ではどうか得意なコースで区間賞を獲ってほしいです。
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4区・菖蒲くん(スポ科2年・西京)
今年出場したレースでは全て1位か2位だった、絶好調な菖蒲くん。出雲駅伝では鬼門の1区を何なくこなし、駅伝における信頼感を絶大なものにしました。昨年の全日本大学駅伝では前半で作った貯金を使う結果に泣きましたが、今年は貯金を作る立場、直希くんの代役とも取れる4区での起用でした。
主力の怪我が目立つ中で元気に好走してくれるであろうランナーの筆頭として、菖蒲くんはチームの安心材料になっていたのではないでしょうか。実際、ロードに強い石井くん(順天堂大2年)と並走する形になりましたが後ろにつくことはせず終盤には引き離し、トップの東京国際大学との差を数十秒単位で縮めつつ、後ろの集団との差を詰めさせない見事な走りでした。
ファン目線では昨年の雪辱は十分に果たせたようにますが、菖蒲くんが見据えているのは区間賞までの13秒。過去の自分ではなく今あるべき自分に意識が向いているのです。中間での失速を課題に挙げ、強みのスパートを活かせないと話していた頃の菖蒲くんはもういません。メディアの呼称が「絶好調の菖蒲」から「力のある菖蒲」へと変わる日もそう遠くはないのではないでしょう。
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5区・石塚くん(教育1年・早実)
出雲駅伝で初駅伝ながら堂々の区間賞を飾った逸材です。出雲後からファンの間で井戸さん(2017年卒)と雰囲気が似ていると話題になっていますね。非スポ推入学で学業成績も優秀、それでいて区間賞争いもできるほどのロードの強さを見せつけるという超人ぶりもまた、井戸さんの再来を想起させます。
飄々とした表情で襷を受け取り37秒あったトップとの差をあっという間に詰め、5区で先頭に立つという相楽さんの狙いをしっかりと実現しました。1年生だからと線引きされるのが嫌だからと夏合宿の走り込み量が直希くんに次ぐ2番手だったというエピソードからも窺える通り、ルーキーとしてではなく早くも一学生ランナーとしての重責を負っています。それでいて結果も返しているわけですから、素晴らしいことこの上なしです。
渡辺さんが解説で触れていましたが、石塚くんはスピードランナーによくいる前半区間の集団走を得意とするタイプではなく、むしろ単独走でこそ活きる距離対応型のランナーです。大舞台で必ず力を発揮できるスピードランナーの石塚くんを後半区間に配置できるのは紛れもなく早稲田の強みです。まだまだ筋肉のつき方は上級生とは異なりますし伸び代は抜群。箱根では5区への出走に意欲を示していますが果たしてどうなるか。出走自体は濃厚かと思いますが、どの区間を走ることになっても期待以上の結果で応えてくれるのは間違いないでしょう。
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6区・航希くん(スポ科2年・宮崎日大)
昨年こそ怪我に苦しんだものの、今年は関東インカレのハーフマラソンで一部6位入賞の結果を残し華々しい臙脂デビューを飾った実力者。「役者揃いの2年生の中で実は最もロードに強い」と称されるロードの鬼が満を辞しての三大駅伝初出走です。千明くんや直希くんの不在によりチャンスが回ってきたと見ることはできますが、大学入学以降で最も身体が絞れていたことからも順当なエントリーだったのではないかと見ています。
しかしながら差し込みに襲われたのか苦戦を強いられ、区間17位で順位を大幅に落とすまさかの事態。私は残念ながらまだ航希くんの走りを現地で見たことはないのですが、写真や動画を見る限りではいつも涼しい表情で走っているので、顔を歪めフォームを崩しながら走る姿は心配で心配でたまりませんでした。部員数の少ない早稲田では悔しい思いをした選手にも再度出走の機会はたくさんあります。まずは心身のケアに専念して、それからまた強さを見せてくれれば嬉しいです。個人的には早稲田の出世区間である箱根9区で活躍してくれそうだと踏んでいます。
航希くんの良さは考え方の柔軟性にあるという印象です。今年の春に5000m13分台のPBを出し、トラックで勝負したいと考えていたようですが、あいにくすでに各種対抗戦の枠は他の選手で埋まっていました。そこに相楽さんがハーフに挑戦してみないかと声を掛け、その結果としてあの関カレでの好走があったのです。自分の意思を持った上で周囲の助言を聞き入れる柔軟性を持つ選手は、本人の力を思わぬ形で伸ばすことにつながるだけではなく、組織を円滑に運営する上でも多大なる貢献をします。特に個性ある選手の集まりがちな早稲田においてこのタイプは恐らく希少。もしかしたら今後は10000mでも力を伸ばしてくるかもしれませんね。
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7区・創士くん(スポ科3年・浜松日体)
早稲田のゲームチェンジャーがようやく復活です。夏に怪我をして出遅れたものの、夏合宿で長めに走ることで距離をカバーし、出雲前には5000mで13分台に突入しPBを更新。その後の早大競技会では10000m30分超と不調かのように見えましたが、駅伝の時期には合わせてくるのはさすがです。
昨年は同区間で他大のエースに揉まれながら集団で耐える走りをして区間9位。今回は順位を一つ押し上げて区間5位と大躍進です。何よりも創士くんの活躍として大きいのは、シード権争いからの脱出を決めた点でしょう。39秒しかなかった9位との差を2分弱にまで広げたのは、順位で見える以上に大きな意味があります。1年時の箱根ではシード圏外からの追い上げ、2年時の箱根では5人抜き3位浮上を魅せましたが、得意なレースが箱根だけでないことをついに証明してくれました。
創士くんは次期主将となることが決定しています。他薦ではなく立候補で、気合いも十分。卒業後に競技を続ける予定はないものの「自己中心的利他」をモットーに掲げ、中谷世代が抜けた後の早稲田を強くしようと意気込んでくれています。チームのためというよりも自分がやりたいという理由で主将を担うのはなかなか新鮮で、余計な重圧を感じることなく主将の役割を楽しんでくれそうな点には安心感がありますね。
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8区・山口くん(文4年・鶴丸)
昨年の全日本アンカーで堂々の臙脂デビューを飾り10000mで28分20秒のスピードを身につけ一般組の星として輝き始めたかと思いきや、2021箱根後に故障に苦しみ学生ハーフや数々の対抗戦でエントリーすらできない状況でした。実業団での競技続行はあるものの思い入れの強い最終学年でのレースの見送りが続いたことは精神的にかなり苦しかったことでしょう。
襷をもらった位置は昨年と似ていました。区間賞を獲った伊地知くん(國學院大2年)による猛烈な追い上げからの並走についていけなかった点は悔しいものですが、前を走っていた加藤くん(明治大3年)を交わした点は見事でした。単独走に苦手意識のある山口くんですが、スタミナは抜群でレース終盤での余力度はピカイチ。前を走るランナーをターゲットにして順位を上げたり集団から抜け出してスパートをかけたりするのはもうお手の物ですね。
鹿児島の進学校である鶴丸高校出身の文武両道ランナーということで頭が良いと思われがちな山口くんですが、実は競技に対しては冷静な分析よりも気持ちの強さが光ります。チームとして3位を優勝にしていた2021箱根でも優勝したいと口に出したり、熱い想いの溢れる部員日記を書いていたりと、負けず嫌いな性格が随所に出ているのです。妥当な目標設定と冷静な自己分析のできる選手は右肩上がりに伸びていきますが、山口くんのような気持ちの強いタイプはあるタイミングがくれば爆発的な伸びを見せつけチームに勢いをもたらします。無理はしないで欲しいですが、箱根駅伝を控えた山口くんがもう一度大きな伸びを見せてくれる気がして仕方ありません。
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まとめ
エースの欠場、主力の怪我、出走中のアクシデント等、不運に不運が重なった厳しいレースとなりました。優勝を目指していたチームとしては、シードを確保できたことへの安堵なんて無く、ただただ優勝できなかった悔しさが残るのみです。
スタート後の体調不良については予測することも防ぐこともできません。対策としては大きく二つの方針があって、身体に多少の異変が出ても区間上位で走り切れるようにベースのスタミナとスピードをスーパーエースクラスにまで上げておくか、チーム全体として誰かが想定より分単位で遅いタイムで走っても大丈夫なレベルでの優勝タイム設定をしておくかの少なくともいずれかが必要です。優勝をするためにはここまで準備しないといけないわけです。推薦枠の少なさゆえに、主力が1人欠けるだけでも代役となる出走メンバーの力は一段階落ちますし、正直なところ優勝へのハードルは他チームよりも遥かに高い。そんな現実を出雲や全日本で突きつけられても目標を譲ろうとしない選手たちが眩しいですね。
今回のレースで勝利へのこだわりを感じたのは、全員が前を意識した走りをしたところ。伊藤くんのスパートに始まり、集団利用タイプの井川くんがハイペースを作り、中谷くんは冷静な判断で後半に余力を残し、菖蒲くんは石井くんの後ろにつかずに前を追い終盤で突き放していました。石塚くんはトップに追いついてからも全く休むことなく差を広げ、苦しんだ航希くんは抜かれるたびに表情を歪めてなんとかついて行こうとも必死にがいて。創士くんは嫌な位置からのスタートだったのに後ろを大きく離す走り、山口くんは伊地知くんにつかずに並走するシーンがありました。今までは「エースで稼ぎ、下級生や初出走の選手は耐える」というのが早稲田のセオリーでしたが、今回は全員がチームの優勝を目指し、自分の区間を1秒でも速く走り切ろうとしていたように見えました。
変な言い方かもしれませんが、全員が中谷くんのような走り方に近づいたというか。私は部外者なので詳しいことはわかりませんが、中谷くん入学時は彼1人が特別メニューをしていたのに、今では1年生がチームトップレベルの走りこみをするほどの充実ぶりなわけで。「突っ込んで入って中間走も休まず、ラストで力を振り絞る」という根性論みたいな走りをできる人がとにかく増えました。千明くん直希くん小指くん北村くんと箱根に備え大事をとって非出走となったランナーも合わせて、箱根では全てが上手くハマって悲願の優勝を果たすことを心より楽しみにしています。
本日出走した選手そして待機やサポートの選手、すべての人に拍手を送りたい。三大駅伝ラストは持てる限り全ての力と気持ちをぶつけて笑顔で終わることができますように。
以上、最後までお読みくださりありがとうございました。
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