第33回出雲駅伝おうち観戦記
大学時代は授業の都合でリアタイができず、社会人になってからは早稲田が不出場そして昨年の非開催と、今まで私は母校が出雲駅伝を走る姿をTV経由でさえもまともに見ることができずにいました。実質はじめての出雲駅伝フルTV観戦ということでかなり楽しめたので、今回もまた母校・早稲田の選手をただ褒めちぎるだけの記事を残しておきます。(6000字弱)
出雲駅伝
1区・菖蒲くん(スポ科2年・西京)
今季、関東インカレにて3000mSC優勝と1500m2位を飾りノリに乗っている期待の2年生です。昨年は全日本大学駅伝の5区に出走し苦しい表情が印象的だったことや、箱根でエントリーメンバーには入ったものの当日変更で出走とならなかったことから、他大ファン目線では急成長を遂げたかのように見えるでしょう。しかしながら実際は、高校時代に都道府県1区区間賞、インターハイ3000mSCで入賞、10000m28分台を記録するなど、元から力のある選手。早稲田に入学後、1年生のときは1500mを中心に取り組んでスピードを強化し、いまではその磨いたスピードを武器としてラストスパートで勝ちに行くスタイルが確立しました。
早稲田では基本的にどの駅伝でも1区を賭けに持ち込みません。信頼のおけるランナーを起用します。それなのになぜか出雲の1区は必ず想定通りにいかないという嫌なジンクスに10年あまり苦しんできました。そんな中トラックシーズンで絶好調だった菖蒲くんの起用ということで、私は不安な気持ちと楽しみな気持ちとが入り混じった複雑な心境で画面を見つめていました。
30℃近くなるほど気温が高くスローペースの展開の中、冷静な位置どりで安定してレースを進めていたのが見事でした。特に触れておきたいのが、自分から仕掛けるシーンがあったこと。駅伝における1区は着順よりも他チームとのタイム差が大事だとよく言われますが、区間賞を見据えてスパートをかける心意気はとてもかっこよかったです。昨年の全日本大学駅伝では先輩の作った貯金を使う立場でしたが、早くもチームのために貯金を作る側に回ってくれましたね。
早稲田の1区職人には超絶ハイペースを生み出す中谷くん、冷静にレースを進めて繋ぐ辻くん、強心臓の持ち主である井川くんとたくさんの人材が揃っています。そして菖蒲くんがここに加わったことでチームとしての戦略の幅がさらに広がりました。ローリスクハイリターンなレースをしてくれそうという意味で、現時点での全日本・箱根の1区最有力候補は菖蒲くんではないでしょうか。菖蒲くんから始まる快進撃、そして爽やかな区間賞インタビューを心より楽しみにしています。
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2区・井川くん(スポ科3年・九州学院)
故障に苦しむ3年生が多い中、ただ1人エントリーメンバーに入ったのがこの人です。春先に10000m27分台を記録し関東インカレでは5000mで8位に入賞するなど、速さと強さのバランスが良くなってきました。体格に恵まれており大きな故障が少ないことは、推薦枠の少ない早稲田においてキラリと光る才能でもあります。
先頭から4秒差で受けた襷をあっという間に先頭へ押し上げ、最後は粘りの走りで他チームとの差を最小限にとどめた状態で次走者の直希くんへと繋いでくれました。全日本インカレの疲労が残っていた部分はあったかもしれませんが、菖蒲くんの作ったリードを大きく崩すことがなかっただけでも良い仕事をしたと言えるでしょう。
夏合宿はライバルでもある仲良しの創士くんや安田くんがBチームとなり寂しかったかと思います。相楽さんに「下級生から慕われている。良い兄貴分」と称されている3年生ですが、その代表格が井川くんであると私は見ています。兄貴肌の持ち主は学年が上がるごとに本番での走りそして普段の練習においてもチーム全体の底上げに貢献してくれるもの。井川くんはそんな存在になってくれると期待しています。
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3区・直希くん(スポ科4年・浜松日体)
いまの時代、太田といえば直希ですよね(※公式ハッシュタグ参照)。昨シーズンの大躍進が身体的なダメージに繋がらないか個人的に心配していましたが、長期離脱することなく練習できていそうなので、自己管理能力に長けているのでしょう。
出雲駅伝の区間配置は箱根駅伝とは違ってチームの戦略によるセオリーが異なりますが、例年一定数のチームが3区にエースを置きます。2021年箱根2区まではエース区間を担うことの無かった直希くんですが、安心して主要区間を任されるような存在になりました。展開としては、前方のチームが見える状態で襷を渡した井川くんの粘りを上手く利用し序盤は落ち着いてジワジワと集団を形成し、苦しくなった終盤もなんとか耐えて区間4位。昨年のトラックゲームズin TOKOROZAWAや日本選手権で「調子は良いわけでも悪いわけでもない、普通だった」という状態から相楽さんや本人の期待以上・予想以上の結果を返していたのと同様、調子が上がりきらない中でしっかりとまとめてくれました。
菖蒲くんは集団で力を温存してスパートを仕掛けることを得意とし、中谷くんは最初から突っ込んで入って耐えることができる、など強いランナーと一口に言ってもそれぞれの勝ちパターンは異なります。直希くんは、他選手の力を借りながらペースに乗ることも単独走で安定して刻むこともできる、クレバーかつ後半区間でも活きるタイプのランナーです。得意なレース展開のバリエーションは多ければ多いほどチームとしての強さにもなるので、直希くんの安定感と器用さは続く全日本・箱根でも鍵になりそうです。
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4区・石塚くん(教育1年・早稲田実業)
高校1年生の頃から国体やインターハイで上位に食い込んできた実力者。高3時の1500mでは当時の高校歴代3位をマークし日本選手権ファイナリストとなるなど、大舞台での経験も豊富。19歳とは思えないベテランさながらの落ち着きを放っている背景には、こういった経験が効いていそうです。大学に入ってからも早速関東インカレで1500m6位入賞など、順調に力を発揮できている印象です。
4区でのレース運びは見事でした。早実時代の練習では1人で走ることが多く、そこでじっくり培ってきた単独走の力がハマったのでしょう。差のつきやすい後半の繋ぎ区間において完璧な走りでした。早実の陸上競技部顧問である北爪さんはかつて石塚くんのことを「自分で考えてできる選手、目標設定が上手い」と評していました。自身を客観視して現状把握や目標設定をできる選手は、着実な成長と堅実な走りに期待できる貴重な存在です。夏合宿では距離も踏めているようなので、全日本や箱根での好走を期待できます。
教育学部所属で授業のコマ数や課題の量も多く、大学に入学してからは生活リズムを掴むのに苦戦するのではと危惧していましたが、むしろメリハリのある過ごし方ができているようで正直なところ驚いています。1年生は一般組が非常に多いので、石塚くんがうまく学業と競技とを両立している姿は良い刺激となったことでしょう。
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5区・伊藤くん(スポ科1年・佐久長聖)
5000m当時高校歴代2位、13分36秒というタイムを引っ提げて鳴り物入りで入学してきた伊藤くん。大学の寮生活や仕事にも「高校の寮が厳しかったから」と戸惑うことなく、早くから馴染んでキャンパスライフを楽しんでいる様子が非常に頼もしく微笑ましいです。駅伝ではフル出走そして箱根5区に名乗りを挙げるなど、積極性を見せてくれているのもまた彼の良さのひとつですね。
出雲特有の向かい風に苦しみ、今大会の早稲田唯一の区間2桁順位となりました。伊藤くんの筋肉量が少なく滞空時間の長いフォームであることは戦前からわかっていたので、5000mチーム内トップである千明くんの不在を埋める6番手選手が伊藤くんだったのかあるいはアップダウンを得意とする点を買った上での積極起用だったか、いずれにしてもやや賭けのような側面はあったことでしょう。直前の早大競技会では余裕の表情で5000m13分台を出していただけに、本人含めチームメイトもこの結果を悔しく思っているのではないでしょうか。
高校時代に強豪佐久長聖でエース兼キャプテンを務めた経験がありますし、早スポでも「三大駅伝すべてに1年生のうちから出走したい、チームの優勝に貢献したい」と語っていることから、伊藤くんは気持ちの強さがある選手だという認識です。夏の30〜35km走でも1年生は30kmで良いと相楽さんに言われながら、石塚くんとともに35km完走するあたり、負けず嫌いで自分を追い込むのも得意なのでしょう。フォームを変える、筋肉をつける等は一朝一夕にできることではありませんが、伊藤くんならしっかりと継続して取り組んでくれると信じています。誰よりもポテンシャルのある彼がさらに進化して、あの弾ける笑顔で優勝に歓喜する姿をぜひ見たいものです。
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6区・中谷くん(スポ科4年・佐久長聖)
我らがエース、中谷雄飛。今シーズンは「出雲・全日本はアンカーが良い。箱根は往路ならどこでも」と希望を言うほどにエースとしての重責を背負う覚悟を見せてくれています。関東インカレ・全日本インカレと脚の状態が良くない状況が続いているのが心配ですが、どうしてもエースの背中はかっこよく見えて頼りたくなってしまいますね。
向かい風に苦しみ順位を下げた伊藤くんを、優しい表情で迎え入れ労うように背中を叩こうとする姿はとても印象的でした。私の記憶が正しければ、今まで襷リレーでそのような素振りを見せたことはなかったはずです。在学期間が被っていないものの佐久長聖の後輩であり大学の練習にも熱心な伊藤くんが相手だからこそ、自然に出てきた振る舞いなのかもしれません。
さて、過酷なコンディションだったのも関係しているとは思いますが、他の選手と比較しても特に険しい表情だった中谷くん。前のチームが遠く後ろから迫ってくるランナーの気配を感じるという精神的に辛い状況の中、よく頑張ってくれました。駒澤の田澤くんが横に並んだ時、表情を歪めながらギアを一段階上げたその闘争心には胸を打たれました。
臙脂のエース中谷くんに対しては期待値があまりにも大きすぎるので忘れられがちですが、中谷くんは駅伝でエース区間ばかりを担当しながら区間6位以内で絶対にまとめるという安定感の持ち主なんですよね。本日のレースの無理が祟って怪我や不調に繋がらないと良いですが、襷を受け取る位置がどんなに悪くても必ず自分の仕事をしてくれる中谷くんが最終学年の駅伝でどうか報われてほしいと願うばかりです。
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まとめ
目標としていた大学駅伝三冠を早々に諦める羽目になったので、当然ながら悔しさは残ります。それでも、主将の千明くんや駅伝での絶大な安定感を誇る創士くん、そしてスピードスタミナどちらにも申し分ない小指くん、アンカーのスペシャリスト山口くんなど、主力の多くを欠いた状態で臨んだにしてはかなり希望の残るレースだったと言えるのではないでしょうか。主力が多少の無理をすることでなんとかチームを回し、負担が一極集中してチームの柱がこぞって故障、なんて時期があったことが信じられないほど、層の厚さが出てきました。強いていえば5区で藤原くん(2018年卒・SUBARU)のようにひたひたと走るフォームの風に強いランナーを置くことができれば良かったのかもしれませんが、現状は伊藤くんが適任だったのでしょうし、そこは悔やんでも仕方ない部分です。チーム全体の課題として対処してくれれば何も問題ありません。
今回のレースで特に良かった点は、駅伝デビュー戦あるいは苦戦を強いられた経験のある選手の躍進だと考えています。2020全日本では山口くん、2021箱根駅伝では小指くんがまさにそのパターンで魅せてくれましたが、今回は石塚くんと菖蒲くんの2人がそれぞれ区間賞と区間2位を獲ってくれました。エースが貯金を作るスタイル、さらに言えば「4年生が強い年の早稲田は強い」という風潮を良い意味で破りつつあるのです。負荷分散ができると過度なプレッシャーを感じる選手が減るでしょうし、駅伝未出走の選手にとっての希望の星にもなります。いままで青山学院や東洋がこういった正のスパイラルを回しているのを「羨ましいな、推薦枠が多いところはいいな」と他人事のように眺めていましたが、早稲田もついに中間層の充実が進みその軌道に乗ってきました。
駅伝は何が起こるかわからない。それは事実です。しかしながら、未曾有の強風だろうが空前絶後のハイペースだろうが驚異的なスローペースだろうが主力の故障だろうが、全て悲観的なレース展開予想として用意することはできます。この展開に持ち込めば勝てる、なんていう他チーム依存な楽観的想定ではなく、いくつものケースを想定して練習し万が一に備え臨機応変な区間配置ができる、そういうチームが結局は勝つんです。そしてその状況に、早稲田はどんどん近づいているように見えます。忘れもしない2年前の箱根予選会後の監督・選手へのインタビュー記事と、最近のインタビュー記事とでは、想定レースのレベルも目標に対する練習の取り組みも全く異なります。
3年生以下の選手が順調に育っている以上、私は「早稲田は今年がチャンスの年」とは言いません。一方で、苦しいチーム状況を入学直後から支え続けてきた4年生にひとつでも多くのタイトルを手にしてほしいと強く思っています。悔しさを噛み締めながらではありますが、本日出走した選手そして長距離ブロック全員の健闘を称えるとともに、今後のさらなる進化を信じて応援を続けます。
以上、最後までお読みくださりありがとうございました。
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