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夏目漱石と村上春樹(英語対訳)10      Natsume Soseki and Murakami Haruki (English translation)10

10 文体や視点の比較 (2)

(2)視点について

 漱石の視点は人間の側から自然へ向かい、また人間の内部に回帰するという反復の中で、人間の心の中にある自然と不自然を描き、その中から人間のめざすべき真の美を抽出しようとしています。

 村上春樹の視点は、人間の持つ心の闇、意識するとしないに拘わらず、実は誰もが持っている心の深い井戸の底へ自己の意識を掘り下げることによって、あるいは壁を往来させることによって自己を再構築させ、社会の一分子として存在できる状態にするようになっています。

 漱石は、自分の存在は「過去から切り離せない」ものとし、村上春樹は人間の存在は「歴史から切り離せない」ものとして描いています。時代による苦悩の現れ方の差異はあるものの、最終的にはいずれも人間社会の中で「自分とはいかなる存在か」「いかに自分という人間であるか」を問いかけます。ただ立地的に漱石の場合は「自己本位」にみるように、「民」としての自分の割合が多く、村上春樹の場合は「個」としての自分の比率が高いように思います。

 文学作品は時代を感じるトンネルで、村上春樹と夏目漱石、両者の作品を比較することで近代と現代の恋愛観のズレがよく分かります。たとえば、夏目漱石が『それから』の中で描く主人公は、好きな女性を自らの人生に抱き取ろうと懸命になるが、村上春樹が『ノルウェイの森』で描く主人公は亡き人を一生思い、大切に心に抱き続けます。両者とも、その時代の男性の感受性に訴えかけるものがあります。 (論考終わり)

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