MARESI:The Red Abbey Chronicles

女性が虐げられ、学ぶことを許されない世界で、赤修道院だけは女性にとって安全な場所だった。海に浮かぶ孤島にあり、女神ファースト・マザーの力で守られている。マレシが赤修道院に来て4年目、13歳のときに、ジェイという少女がきた。父親からの虐待で全身傷だらけだった。マレシの献身で徐々にジェイは心を開いていくが、ある日、平和な日々を脅かすできごとが起きる。ジェイの父親が娘を取りもどしに来たのだ。赤修道院のマザーとシスターたちは一致団結し、ファースト・マザーの力を呼び起こして立ち向かう。マレシ自身もファースト・マザーの力を感じるなかで、自分の使命を見出していく。

作者:Maria Turtschaninoff(マリア・トルチャニノフ)
英訳者:Annie Prime(アニー・プライム)
出版社/出版年:Schildts & Söderströms / 2014年(フィンランド)
       Pushkin Press / 2016年(イギリス)
ページ数:256ページ
シリーズ:全3巻
ジャンル・キーワード:ファンタジー、女性、フェミニズム、ヤングアダルト


おもな文学賞

・カーネギー賞ノミネート (2017)
・フィンランディア・ジュニア賞受賞 (2014)
・スウェーデン国営放送文学賞受賞 (2014)

作者について

フィンランドのYA・児童書ファンタジー作家。執筆はスウェーデン語。1977年生まれ。ジャーナリストを経て、2007年にデビュー。スウェーデン文学賞を2回受賞。MARESIはスウェーデン、フィンランドでの文学賞を受賞したほか、20か国語以上に翻訳されている。邦訳はない。

主な登場人物

● マレシ:大飢饉の冬、食いぶちを減らすために赤修道院に入れられた。ジェイと出会ったのは、修道院にきてから4年目、13歳のとき。
● ジェイ:父親からの激しい虐待を避けるために、母親のはからいで赤修道院に入れられた。マレシよりひとつかふたつ年上。
● エンニケ:マレシより少し年上の少女。マレシが赤修道院にきたばかりのとき、面倒を見た。マレシと仲が良く、明るくて優しい。
● シスター・O(オー):知識の館に仕えるシスター。
● ローズ:薔薇の神殿に仕えるシスター。「ローズ」は名前ではなく称号であり、代々引き継がれる。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 赤修道院があるメノス島は本土から遠く離れた小さな孤島で、険しい山から成り、建物は赤修道院と離れの寺院しかない。住んでいるのも修道女だけで、男性は上陸が禁じられていた。島の存在は歌やおとぎ話のなかで伝えられているだけであり、さらに聖なるファースト・マザーの力が働いて見つかりにくくなっていた。本土では女性が知識を得たり、発言をすることが許されておらず、虐げられた女性や行き場を失った女性、貧しい家庭の子どもが赤修道院へ来た。マレシも、大飢饉で妹が餓死し、食いぶちを減らすために連れてこられた。この物語は、マレシが赤修道院に来てから4年目の春、ジェイが赤修道院に来た日から始まる。マレシは13歳だった。
 目立たない舟で、人目を忍ぶように連れられてきたジェイは、マレシより1、2歳年上のようだった。ほとんど何も話さず、極端に怯えていた。体じゅうには鞭の後もあった。寮で隣同士のベッドで寝ることになったマレシは、ジェイが修道院の暮らしになじめるよう、面倒を見た。修道院の生活は基本的に自給自足で、野菜や果物を育て、ヤギや鶏を飼育し、海で貝を集める。穀物や魚、スパイスは交易船から買うが、対価とする銀はふんだんにあった。島の南岸に生息するブラッドスネイルから深紅の染料が採れるのだが、王侯貴族の衣装の染料に使われるほど貴重で、高く売れるからだ。「赤修道院」の名前もそこから来ている。交易のためだけでなく、修道院を出ていく少女への餞別にもなる。母国で病院や学校を建てたり、生活水準を高めるための資金だ。
 勉学の時間は、知識の館にある教室で、年少組と年長組に分かれる。マレシとジェイは年長組で、赤修道院の歴史やファースト・マザーについて学んだ。ファースト・マザーは処女神、母神、老女神という3つの相をもち、あらゆるもの、あらゆる女性にこの3つの相があった。島にたどりついた初代シスターは7人で、本土の圧政から逃げてきた。着いた瞬間、島にファースト・マザーの力が宿っているのを感じたという。知識を得るためにと本土から盗んできた書物は、知識の館にある宝物殿に収められていた。知識=力であり、知識は非常に重要だった。マレシは授業のあとはいつも、宝物殿で本を読んで過ごした。ジェイも一緒に来るようになり、ふたりとも黙って本に没頭した。知識の館に仕えるシスター・Oに古代の言葉を教えてもらってからは、初代シスターの書物を現代語版ではなく原語のまま読めるようになった。原語で読む重みは格別だった。
 どのシスターの修練女になるかは、神の思し召し次第だった。マレシはまだ決まっていなかったが、決まっている少女は授業に出ず、シスターの仕事を手伝う。シスターの仕事は、かまどの火を守り食事を作ることから、薬草づくり、畑仕事、家畜の世話など、多岐にわたる。未定の少女のなかでマレシは最年長に近かったが、すこし年上のエンニケもまだ決まっていなかった。マレシが修道院に来たときに面倒をみてくれた、明るく優しい少女だ。
 ジェイは徐々に修道院の生活に慣れ、日々の作業もきちんとこなした。少しずつ話もするようになったが、家族のことは話さなかった。寝ている間によくうなされていて、「ウナイ」という名前を叫んでいたが、「ウナイって誰?」と訊くと激しく動揺し、自分の体を傷つけ出すほどだった。落ちついた頃にあらためて尋ねると、ウナイはジェイの2歳年上の姉とのことだった。母もウナイもジェイも、父親にひどい暴力をふるわれていたが、姉は通りがかりの男性と口をきいたというだけで、ジェイの目の前で生き埋めにされた。このままではジェイも殺されると、母親がひそかにジェイを逃し、赤修道院に向かわせたのだった。
 2か月ほど経ち、月祭りの日が来た。1年で1番大事な儀式で、ファースト・マザーを讃え、豊穣を祈る。月明かりのもとで服をぬぎ、マザー(修道院長)から順番にひとりずつ、石の迷宮で歌いながら舞いを踊る。マレシは初めてではなかったが、今回はいつもと違った。トランス状態のなかで、扉が見え、「おまえはわたしの娘だ」という老女神の声がしたのだ。扉に入るよう促されるが、マレシは「いやだ」と叫んだ。意識が飛び、気がつくと迷宮の外でマザーが心配そうにのぞきこんでいた。その後、マザーが仕える月の館に呼び出され、月の声、つまりファースト・マザーの声を聞いたのでは、と尋ねられるが、聞こえたのは老女神の声だけだったと答える。月が呼びかけたのであれば、マザーはマレシを自分の修練女にするべきだと考えていたのだ。その後も老女神の声が聞こえ、存在を感じたが、数日すると落ちついた。ただ、知識の館にある地下聖堂の扉の前を通るときだけは不安を感じた。そこから老女神の力があふれるのを感じたからだ。
 薔薇の神殿は、処女神としてのファースト・マザーをまつっているが、この神殿に仕えるシスターは、名前ではなく「ローズ」という称号で呼ばれていた。現在のローズは、非常に美しい女性だった。まだ修練女がいないので、マレシとジェイとエンニケが夏の儀式の準備を手伝った。すると、祭具がしまってある場所を知らないはずなのに、なぜかエンニケが見つけ出した。神の力が働いていることを感じたローズは、エンニケを修練女にした。
 その翌朝、危険を知らせる鐘が鳴り響いた。船が島に接近していた。ジェイの父親が、ジェイを連れもどしに来たのだ。マザーは皆を薔薇の神殿に集めた。ファースト・マザーの力が宿った櫛でひとりひとり髪をすくと、そのたびに外を風が吹き荒れた。激しい嵐で船の姿は消えたが、それで終わりではなかった。島のどこかに上陸し、嵐で壊れた裏門から侵入してきたのだ。マザーとシスター、そして修練女たちは男たちを待ち構え、マレシはジェイと年少の子どもたちを連れて地下聖堂に隠れた。島で一番安全で、かつ一番の聖域だ。墓所でもあった。入り口は壁の装飾にまぎれていて、簡単には見つからない。マレシも初めて入る場所だった。老女神の聖域であり、老女神の息づかいを感じた。奥はそのまま自然の洞窟につながっていて、朽ちかけた木の扉があった。外からはジェイを出せという怒声が聞こえ、敷地内を探し回る物音がした。知識の館にも入ってきたが、地下聖堂の入り口が見つからないよう、祈るばかりだった。ジェイは皆を危険にさらしたくないと、地下聖堂から出ていこうとしたが、マレシは必死に引き留めた。いまはファースト・マザーの娘であり、年少の子どもたちを守るのが務めだからと。マレシは木の扉から洞窟をつたって山中の穴から出ると、赤修道院のようすを探りにもどった。マザーたちは薔薇の神殿に集まり、男たちはジェイも銀も見つからないと殺気立っていた。その苛立ちを、ローズがすべて受けとめた。薔薇の神殿に仕える者の務めとして、一糸まとわぬ姿で男たちの前に立ち、ひとりずつ奥の部屋にいざなったのだ。マザーたちはローズを讃える歌を歌いつづけた。それでも捜索はしつこく続いた。男はマザーの口の端をナイフで切り、ジェイの居場所を言わせようとしたが、マザーは答えなかった。しかしそこへ、ジェイが姿を現した。
 ジェイは父親とともに修道院を出るが、門から先の絶壁沿いの道で、父親を突き落とした。助かる見込みはなかった。ほかの男たちは地下聖堂を見つけ、財宝があるに違いないと沸き立った。地下聖堂には、月祭りのときにマレシが見た扉が現れていた。老女神の声に促されて扉を開くと、神の力が解き放たれた。男たちは皆殺しにされた。
 深手を負ったマレシが目を覚ましたのは3日後だった。マレシはずっと、老女神の声に従ったら死が待っていると思っていた。しかしそうではなかった。老女神が与えたのは、知識だった。知識の館は老女神をまつっており、シスター・Oは老女神に仕えるシスターだった。知識は強力で大切なものであるため、秘密にされていたのだ。ローズと同様、「シスター・O」も称号であり、「O」は永遠を表していた。マレシはシスター・Oの修練女となり、故郷に学校を建てるという夢を持った。そのためにはまだまだ学ぶことがたくさんあった。
 マレシはシスター・Oに促され、一連のできごとを書き残した。赤修道院の体験を記録し、後世に伝えるためだ。それが本書であり、宝物殿に収められている。それから3年が経った。ジェイはシスター・ヌメルの修練女となり、年少の子どもたちの世話をしている。ローズは母となって本名のイオストレと呼ばれるようになり、ローズの務めはエンニケに引き継がれた。イオストレはやがて、母神をまつる月の館に仕えるだろう。娘ゲジャは、美しくたくましく育っている。
 いよいよ明日、島を出る。旅の支度として、マザーからは大切なものを贈られた。きちんと人に敬意を表され、耳を傾けてもらうために必要な、立派なローブ。やるべきことに意識を集中するために欠かせない大金。そして赤修道院の加護の力を宿した櫛。困難ばかりが待ち受けていることは分かっている。しかしマレシは、前を向いて進むことをあらためて誓うのだった。

 女性が知識を得ることを禁じられ、虐げられている世界で、女神ファースト・マザーの力を宿す島を舞台にしたYAファンタジーだ。赤修道院では女性だけで自立した生活を送り、交易船の商人とは対等な関係を築いている。修道院の暮らしという現実的な面と、ファースト・マザーの聖なる力が働くファンタジーのバランスがよい。ファースト・マザーは伝統的な三相(処女・母・老女)を持つ女神として描かれ、それぞれの相をまつるために月の館、薔薇の神殿、知識の館があり、マザー、ローズ、シスター・Oが仕えている。
 物語は、学校を建てるという夢を実現するために島を出るマレシが、過去を回想する形で書かれている。その夢を持つに至るきっかけとなったできごと、ジェイの到着がはじまりだ。ジェイとともに、読者も赤修道院の日々の営みや四季折々の行事、神を讃える儀式を学んでいく。毎日は太陽への感謝の祈りから始まり、月の満ち欠けや星の動きにしたがって行事をおこなう。修道院の貴重な収入源となるブラッドスネイルの収穫期には、授業がなくなり全員泊まりがけで海岸に行くなど、描写は生き生きとしていて、目に浮かぶようだ。島に伝わる独自の伝説もある。質素な暮らしではあるが、年少~十代の少女が集まる空間であり、女子校のような賑やかさ、噂話に花を咲かせる姿も描かれている。特にマレシとジェイは年下の子どもたちに慕われていて、微笑ましい場面も多い。
 そこへ赤修道院最大の危機が訪れる。ジェイの父親が、娘を奪い返しに来るのだ。マザーから年少の子まで、全力で立ち向かい、ファースト・マザーの猛々しい力を得て撃退する。
 女性の力、自立にフォーカスした作品だが、単純に女性を讃えているわけではない。崇高な夢を実現するためには、情熱だけでは難しい。しかるべき知識を身につけること、それがまず第一だが、「人は見かけで判断する」ことも忘れてはならない。話を聞いてもらうためには、しかるべき格好をすること、立派なローブをまとうことも重要なのだ。そして何より、お金の心配をしていては情熱に打ち込めない。マザーからマレシへの贈り物は、現代を生きる若者にとっても、大きな意味を持つといえるだろう。

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