英詞のJ-POP
「Idol」の英詞は神!
YOASOBIさんの楽曲「アイドル」の英語バージョンへのリアクション動画がYouTubeにけっこうアップされていますが、モノリンガルさんは「この歌詞は英語としてナチュラルに聞こえるのか?」という点が気になるようです。
実はこの英詞、ものすご〜く作り込まれていて、言葉としての自然さ云々よりも、楽曲としての音の完成度に重きを置いている気がします。また、オリジナルの歌詞をとても大切にしていて、“J-POPを英語で歌う”を超越した新たな英詞と言えるかもしれません。
Pre-Konnie Aokiの英詞作り(私の場合)
実は私、これまで知り合いのバンドやアーティストと協力して“翻訳”という形で20曲以上の英詞を作っています。その作業について少し説明すると……
1曲通しで英詞にする場合は、曲の譜割りに合った日本語歌詞ではなく、曲の流れに沿ったイメージを伝える歌詞風な散文がソングライターから提供され、それに基づいてイメージを膨らませて英単語を選びつつ、英語の音節と譜割りを調整しながら英詞を構築していきます。
一方、サビ部分の英詞の場合、サビ全体が英詞であれば上のやり方で作っていくのですが、所々に日本語の歌詞が入る場合は、英詞の韻を考えながら、日本語フレーズの最初の音とケンカしない音を英語フレーズの尾音に持ってくるように工夫します。これをしないとシンガーが歌うときに苦労しますからね。
あと、特殊なケースとしては、“バックコーラスを英詞にして合唱団が歌う”という条件を提示されたことがあり、合唱ではクリアに発音できない音をフレーズの冒頭に持ってこないように指示されました(これは目からウロコでした!)。
英詞作りと歌詞翻訳の違い
かつて星の数ほどの楽曲の対訳やワーディング(英語の歌詞を書き起こす作業)をやってきた私ですら、英詞作りは手探りでコツを覚えるしかありませんでした。
幸いなことに、デモ音源にはソングライター自身がメロディをハミングや聞き分けやすい音で入れていたため、譜割りで悩むことがなくて助かりました。
ただし、イメージに合う単語の音節と譜割りが合わない場合、ソングライターとじっくり話し合って、メロディを変えるか、英詞の意味を変えるかの選択をしました。単語一つ決めるのに3時間以上あーだこーだと話し合ったこともあります。
英詞作りの醍醐味は、頭の中で映画のワンシーンのようにイメージを膨らませ続けること。確実に自分のクリエイティビティが試されます。通常の“言葉を他言語で置き換える”翻訳作業とは全く異なる作業です。
一方、海外アーティストの英詞の対訳というのは、“言葉を他言語で置き換える”作業に限りなく近いのですが、通常の翻訳作業と異なる点は「英詞の意味を知りたいリスナーが自由に解釈できる余地を含ませる」こと。
歌詞にはもともと散文的要素があるので、私の場合はフレーズの前後をひっくり返して訳すことを極力避けて、そのフレーズの前後の対訳とくっつけて読んでも「なんとなく意味が通じる」対訳を心がけていました。アーティストが歌詞を提供する場合、無意識であってもフレーズの改行に意味があったりするので、その点も加味したわけです。
英詞を翻訳視点で捉えるべからず
日本人の悪いクセで、日本語を他言語に置き換えるときに「ネイティブ性」を必要以上に求めます。いの一番に「ターゲット言語としてナチュラルな言い回し」を求める嫌いがあります。
マイケル・ジャクソンは楽曲の音を重視するあまり、歌詞の単語の発音をメロディやリズムに合わせて変えていたことは有名ですが、音楽を生業とするミュージシャンが歌詞も“音”の構成要素と考えるのは自然でしょう。
つまり「Idol」の英詞を作ったKonnie Aokiさんは、ミュージシャン的視点から音に着目した英詞を紡ぎ上げ、同時に翻訳者的視点からオリジナル歌詞の意味も伝えているわけです。もはや単なる「英訳」や「翻訳」とは異なる次元です。
新たな英詞J-POPの幕開けかも
Konnie Aokiさんはオリジナルが日本語歌詞でその英語版を作る場合の新たなスタイルを確立しました。そして、これが英詞オリジナルのJ-POP楽曲にも影響を与えるはずで、特に英語ネイティブではない人が英詞を作るときの一つの指針になりそうです。
2年ほど前に「どこまで“ネイティブ“がいいの?」という記事を書いたのですが、実は海外の日本のサブカルチャー好きはコンテンツに“日本らしさ”を求める傾向があるらしいです。彼らにしてみればそこが魅力なのだから納得です。
分野によっては翻訳するターゲット言語のネイティブ性に固執しない方が良い場合もあり、これは日本のコンテンツが世界レベルで魅力的という証しとも言えます。
そういえば、作った英詞の対訳をアーティストに送ったときに「英語の楽曲の対訳みたい」と言われ、苦笑いした経験があります。慣れとは恐ろしい(笑)。ちなみに初めて英詞を手掛けた曲がこれ。