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AIが創ったみたいだという評価(生成系AIの世界観)

mikiokousaka

AIが創ったみたいだという評価された時に、本当にAIが創ったものだった場合、知覚される既視感や驚きの無さはディープラーニングの完璧な成果なので良い意味で捉えるべきですが、AIに創らせたことを隠したいなら、人間らしさや個性と呼ぶ偏りを、AIに創らせ付加していく必要があります。
この偏りをランダムに生成させることが出来なければ、特定のAIの個性が広く拡散することで、やはりAIが創ったみたいだと認識されることになるでしょう。

実はAIが創ったものでは無かった場合、作者に対する個性の無さの指摘と捉えられますが、逆に、既視感や驚きの無さを作品化する創作能力に秀でていると評価することもできます。
更には、AIによる生成作品に対してどのように反応するのかを客観的に把握した上で作品を創作する能力と見做すこともできます。

AIが創ったみたいだという評価軸は、絵画で言えば遠近法ではない抽象的表現の「キュビズム」、音楽で言えば個人制作ではなく分業と品質管理による「モータウン」が、その時代の文化的な特色として位置付けられた様に、新しく生まれた特異な表現のカテゴライズになるかもしれません。

「キュビズム」と「モータウン」を改めて説明すると、「キュビズム(Cubisme)」は、ポール・セザンヌ(Paul Cézanne)氏の風景画とアフリカ芸術という別々の対象に取り組んだ二人(ブラックとピカソ)が発展させた現代美術で、ルネサンス時代から続いた遠近法を基本にした表現を脱し、絵画だけでなく彫刻,建築,写真等にも大きな影響を与えました。
ジョルジュ・ブラック(Georges Braque)氏の1911年の絵画「ポルトガル人(The Portuguese)」https://www.wikiart.org/en/georges-braque/portuguese-1911と、パブロピカソ(Pablo Picasso)氏の1912年の絵画「マ・ジョリ(Ma Jolie)」https://www.flickr.com/photos/profzucker/23148793869を比較して見ると特に、二人が同時に挑んでいたものを感じることができます。
そして、1960年代をイメージさせる音楽でもある「モータウン(Motown)」は、発祥の地デトロイトの通称「Motor town」の略だというだけでなく、創業者のベリー・ゴーディー・ジュニア(Berry Gordy, Jr.)氏がフォード社の工場で働いた経験から、自動車産業と同様の分業制や稼働体制、品質管理の手法を音楽制作に持ち込み、アーティストのイメージ作りにまで活かしていることを見逃してはいけません。
単に、立体主義の絵画「キュビズム」、キャッチーな音楽「モータウン」ということではなく、時代を背景にして生まれた特異な表現だったということを踏まえて考えると、AIが創ったみたいだという評価軸は、2020年代を感じることができる表現になっていくかもしれない訳です。


おまけ(画像は生成したものではありません)

ケアレスミスするChatGPTくん
言い張るChatGPTくん
理屈をこねるChatGPTくん

Mikio Kousaka

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