ケイパビリティの誤解、デザイン経営の誤認識(クエリーからはじめよう)
mikiokousaka
事業の動機について問う時と同様に、事業の成果を問う時にも、コンテクストが重要です。
「ケイパビリティ(Capabilities)」という言葉について、「バリューチェーン全体の組織的な能力」という定義を元に、組織的な能力を指すとか、バリューチェーン全体の能力を指すという、誤解の中で使われることが多いと感じます。
ケイパビリティは、1992年に「Competing on Capabilities: The New Rules of Corporate Strategy」https://hbr.org/1992/03/competing-on-capabilities-the-new-rules-of-corporate-strategyとして、ボストン・コンサルティング・グループのジョージ・ストークス・ジュニア(George Stalk, Jr.)氏,フィリップ・エバンス(Philip Evans)氏,ローレンス・シュルマン(Lawrence Shulman)氏が書いた通り、能力ではなく(But that’s not all.)、立て付け(A capability is a set of business processes strategically understood.)が価値を生むこととして理解すべきです。
組織的能力とされる、セールス,マーケティング,イノベーション、デベロップメント,プロダクティビティ,ロジスティックス,クオリティ,スピード,エフィシェンシー,デザイン,ブランド等のそれぞれを強化する必要性という間違った理解が広まっていますが、能力(単数形のCapability)への言及では無く、「ケイパビリティ(Capabilities)」は、それらをつないでいる立て付け(Business processes)への注目です。
またBusiness processesの意味合いについても、一般的な理解では、業務フローの見える化によって、部門ごとの個別最適ではなく、組織や部門の壁を越えた全体最適を目指すことですが、より広く組織的能力を俯瞰しそれら同士のコンテクストに合った立て付けを求めています。
これは、デザイン経営に対する誤認識と同じかもしれません。
デザインの能力があれば価値向上へ寄与することは出来ますが、それだけでは本質的な成果につながる訳ではありません。
エンジニア経営という言葉が無いことを意識すると良いかもしれません。(エンジニアリングの能力が高くても成功するとは限らない)
デザイン経営として名前が上がる、Airbnb社は、創業者のブライアン・チェスキー(Brian Chesky)氏とジョー・ゲビア(Joe Gebbia)氏が、美大のハーバードとも呼ばれるリズディ大学(RISDロードアイランド・スクール・オブ・デザイン)出身のデザイナーということで知られていますし、YouTube社の共同創業者のチャド・ハリー(Chad Hurley)氏はPayPal 社のデザイナー出身です。
Airbnb社が、最初期にホストが掲載している写真が良くないことに気付いた時、全員でサンフランシスコからニューヨークまで行き、自分達のセンスに合うように部屋の写真を撮り直したことにより売上げを2倍にしたと言われていますし、その背景にはリズディ大学で「デザイナーは、世界にあるものを再構築して世界を変えることが出来る。問題の本質を突き止めてクリエイティビティを用いることができれば解決が可能なのだ」という教えがあるのは確かです。
そしてYouTube社については、2006年にTime誌が「簡単さ」と「格好良さ」のバランスが良かったから、世の中に受け入れられたと記事にしています。
両社ともに経営者が持つデザインの技術が、成功の鍵だったという印象を与えています。
ここで忘れてはいけないのは、マイケル・ポーター(Michael Porter)氏が1980年の著書「競争の戦略」で基本戦略の一つとしてあげている「差別化(Differentiation)」です。
全体最適は、全てを良く(ベター)することでは無く、捨てることと引き換え(トレードオフ)で得ることで実現していなければ、戦略としては成り立ちません。
違い(単数形のDifferent)があるだけでは、他社がその部分を付け足せば真似ることが出来るので、他社が捨てることができないものと引き換えて自社としての最適化をするという「差別化(Differentiation)」が競争力になります。
同じ事業を行なっていたとしても、会社によって立て付け(Business processes)には違いがあります。
その立て付けを全体で実行している会社を「ケイパビリティ(Capabilities)」が優れている会社と位置付け、能力(単数形のCapability)だけで見比べた時に劣っていたとしても、最終的に事業として勝ってしまう事案を「Competing on Capabilities : The New Rules of Corporate Strategy」の中で紹介し、顧客に対して一貫的に提供するサポートインフラの投資を、会社のトップが戦略的に主導すべきだと提示しています。
実のところAirbnb社は、ゲスト,ホスト双方に危険性があるという他社が手を出すにはあり得ないほど大きなリスクを冒して事業化していますし、YouTube社は、共有する動画の著作権侵害問題という高額な訴訟リスクを恐れずに大手企業(まさにGoogleのような)に先行して事業化したことが「差別化(Differentiation)」を実現しているのです。
(ちなみにデザイン経営は、経営陣に責任者を置きデザインが事業戦略構築に関わっているという状態であればそう呼ばれる訳ですが、デザインは単なる意匠や美的造形ではなく、デザインは他者にとっての価値提供を仕様化すること、だからこそ、それが経営に活かされることが期待されているのだと思います。
また教育の観点でも、STEM教育を拡張したSTEAM教育として加えられたArts教育や、デザイン思考は、単なる技術・技巧としてのArtsではなく思考こそが大事なのだと、誤解なく理解されることを望みます。)
そして現実的には会社のトップが方向性を指し示すだけで無く、現場には短絡的ではなく立て付けを全体のコンテクストを理解して継続して実行していける人材が不可欠です。
「ケイパビリティ(Capabilities)」は、コンテクストを問う能力がある人の集積で実現していくものとも言えるでしょう。
Mikio Kousaka