日記
この数ヶ月、どうしても日記が書けずにいる。
TwitterもThreadsでも何も呟く気にもなれず、「いいね欄」の見れないせいで動いているかもわからないぼくのアカウントが存在だけしている。
一応気が向いた時に日記を更新しようとはして見ている。更新するはずだった日記も実はいくつかある。
でもやはり書けないのである。
時折生存確認のDMやらラインが届く。
忙しすぎて書けない。
日々が薄すぎて書けない。
疲れて日記を書く暇もない。
読者を想定しているから書いたものを推敲してしまって時間がかかる。
そのどれも嘘ではない。
ただ、もっと根本的なところに問題が潜んでいるような気がしていた。それが何かわからなかった。
そして、今日8/25、碑文谷イオン5Fの未来屋書店の未購入本を読んで良い座席スペースにて、その理由の輪郭が少しわかった。ホットココアを飲みながら。
(隣では女性が干支占いの本を、真剣に読み、メモをとっている。そして時折、自分にショックなことが書かれていたのだろう、落ち込んでいる。)
吃りに近いのだ。
言葉がうまく出てこない、自分自身が搾り出した言葉に納得が持てない。
伊藤アサは「どもる体」にて、吃りには心身二元論が想定されていると言及する。
心と身体が別別になるから、どちらもうまく動かない。チェーンが軋んでいるみたいに。
これに近い、日々の日常も業務の出来事も、昨日食べたご飯も友達と飲んだ酒も、
どもってしまっている。
六本木一丁目と西小山を地下鉄で往復させられている僕の体。
地下鉄の窓を見ながら夜なのに夜みたいだと思ってしまうぼくの心
がどもってしまっているせいで、
書けない。
ちなみに隣の女性が呼んでいたのは『四柱推命』だった。
そして年内に5キロ増やす計画を立てた。
1日3000kcal弱を取り続けないと、この目標は達成できなそう。
勃起不全にも思うのは心身は1元であるということ。一方で勃起不全の薬を飲んでいて思うのは心身は二元だということ。
食事はどっちだろう。
食べたくもないのに、身体のために食べる。太るために食べる。
太りたくないのに、太るために、食べたくもないカロリーを摂取する。
また、自分の心と身体がバラバラになりそうだ。
器官なき身体みたいだ!