他人を蔑ろにするということは即ち、自分を蔑ろにすることです。
こんにちは、3G commit! のみきちです。
─Netflixアニメ【陰陽師】に学ぶ、
内部表現を観るという感覚─
このシリーズ、昨日の動画あたりから、かなり大きな反響をいただいております☺️
すべて無料で配信しておりますが、第一話の動画以外は希望者のみへの限定公開です。
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本日は第六話「むしめづる姫」についての解説動画が配信開始しております。
シリーズの途中から視聴しても、十分に面白い内容になっておりますので、ぜひ配信希望のメッセージをくださいね😉
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今回は、心と身体を書き換える上で非常に重要な、核心に迫る話をしていきました。
アニメ第六話では、源博雅が安倍晴明を案ずる様子が描写されています。
その場面で、博雅は「晴明が人を蔑ろにすると、まるで己までを蔑ろにしているように見えて…」と語ります。
これは非常に重要な発言です。
他者は自分を映す鏡です。
つまり、他者は自分自身であり、他者に対する態度は自分自身に対する態度そのものなのです。
私たちは、この事実を言葉の上ではよく知っています。
しかし、実際にはわかったつもりでしかありません。
理論上でわかったつもりでも、身体の実感を伴って理解できている人間はほとんど居ないのです。
こういった部分で、身体性が問われてくるのです。
上記のような主張の意味がわかれば、源博雅が何気なく漏らした一言の鋭さが観えてくることでしょう。
あの蘆屋道満さえも、源博雅を「面白い男」と評しているのですから、彼は結構すごいんです(笑)
源博雅は笛の才能に秀でた人物ですが、3G commit! 的に言わせれば、才能は無い方が幸せです。
突出した才能を上手く使いこなすには、高いIQと身体性を必要とするからです。
そうでなければ、自分自身を才能に喰い潰されてしまうからです。
低い抽象度、低い身体性でしか物事を考えられない人間ほど、才能を欲しがっている。
そういう人たちが鬼や怨霊となるのです。
そのような文脈で捉えると、私たちの生きる現代も鬼の巣窟ですよ、ホント😅
鬼が鬼たる所以は、自分自身と向き合えないところにあります。
特に人間に害を与える鬼は、自身の欲のために人間を傷つけ、蔑ろにしていきます。
何故かというと、鬼が鬼自身を蔑ろにしており、その事実に鬼自身が気付けないからです。
人格が形成される時期に自尊心を育てられないと、自分自身を蔑ろにしてしまう癖がつくものです。
あなたは、自分を蔑ろにしていない…そう言い切れるでしょうか?
…とまあ、かなり深い内容に入っていきます。
これよりさらに突っ込んだお話はセッションでしかお話しできませんので、来年のセッションもぜひ受けてくださいね😆
とりあえず、まずは無料動画で内部表現を学んでいきましょう(^^)
シリーズすべての動画を視聴し終わる頃には、自分自身との向き合い方が大きく変わってきますよ。
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