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3人組の東京と大阪

産経新聞 朝晴れエッセー
5月8日朝刊

当時交際していた女性と東京へ行き、プロポーズした。その後に有栖川宮記念公園を散歩しようと誘ってベンチに座り、サプライズで指輪を渡した。サイズは彼女の妹に内緒で聞いていた。彼女の驚いた後のうれしそうな顔。あれから15年後に妻と11歳の娘と東京に行き、その公園を散歩した。
「パパはこのベンチでママに指輪を渡してん」
「そんな話、聞きたくない。何でか分かる? 自分の立場に置き換えたら嫌やろ。もし、おじいちゃんがそんな話したら、パパも嫌やろ」
「嫌やないけど」
「パパは変わってるからや。普通の人やったら嫌やで」
「そんなもんかな」
その瞬間、不思議な感覚に包まれた。指輪を渡した15年後の同じ場所で娘にこんなことを言われるとは想像だにしなかった。人生は何が起こるかわからない。
先日、妻にがんが発見された。3人で一つのベッドに寝ているのだが、深夜に目を覚ましては「神様、どうか妻として母としての彼女をどうかわれわれから取り上げないでください」と祈った。
自宅の前の道路はなにわ筋線の工事をしている。新大阪駅と関西空港を結ぶ大工事だ。開通予定の8年後はこの辺りの様相も一変しているだろう。娘はその年に20歳になる。家族全員でその風景を見てみたい。人生は何が起こるかわからない。でも大丈夫、きっと大丈夫だ。仕事の行き帰りに工事を見るたび、自分に言い聞かせる。


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