ドリアン長野

1961年生まれ。高校生の時にセックス.ピストルズを知って衝撃を受け、怠惰な生活から足を洗う。50歳で父親になったパンクと読書と極真空手を偏愛する元リーマンパッカー。

ドリアン長野

1961年生まれ。高校生の時にセックス.ピストルズを知って衝撃を受け、怠惰な生活から足を洗う。50歳で父親になったパンクと読書と極真空手を偏愛する元リーマンパッカー。

最近の記事

中学受験二日前、塾に出した手紙

入塾から受験日まで10か月という短い期間でしたが、塾の皆様には大変お世話になりました。 本人が中学受験をしたいと言ったとき、地元の公立中学に行けばいいと反対しましたが、本人の意思は固く、どうしても中高一貫校に行きたいということで通塾させることになりました。お陰様で塾で勉強することが楽しいと風邪で学校を休んでも夕方からは塾に行くほどでした。 オール3という可もなく不可もなしという学校の成績が三学期には算数4、国語5になり、何より驚いたのは当初の稚拙な作文が見違えるほどになっ

    • 妻の誕生日はラグー

      今日は妻の誕生日なので、帰ってラグーというパスタを作ろうと思っている私であった。普段は玄米、魚、青菜のおひたしに味噌汁という純和風な料理が食卓に並ぶのに、何でハレの日はパスタやチキンなどの西洋料理を好むのだろうと考えつつ。 わが家は共働きなので、家事は私が弁当作りや料理、妻が洗濯や掃除という分担が形成されていったのだった。これは私が料理好き、妻が綺麗好きという嗜好や性格から自然な流れであった。 佐川光晴という作家の 「家庭を守り、夫の活躍を助けるのも、一つの妻のありかただ

      • 『シズコさん』と『神への告発』すさまじい母親と娘のこと

        佐野洋子、『100万回生きたねこ』の絵本作者。詩人の谷川俊太郎と再婚。 彼女の母シズコさんには7人の子どもがいたが、3人が亡くなった。子どもを抱えて中国から苦労して引き揚げた。 著者が4歳の時、母親の手をつなごうとしたら舌打ちをされて手を振り払われた。この行為は彼女にとって一生のトラウマになり、それから一度も母親の手に触らなかった。母親になでられたり、抱きしめられたこともなかった。 このシズコさん、意地っ張りで他人に情けをかけず、「ごめん」と「ありがとう」を言ったことがな

        • 『ゴミと呼ばれて』刑務所の中の落ちこぼれ 中林和男

          著者は中学生で覚醒剤に手を出します。そして8回の服役。獄中生活20年。刑務所の中で読書をし、思考を高めます。 そして「今度こそ立ち直る」と鉄のごとく固い信念を持ち続けるのです。 毎日来る日も来る日も、更生するんだと誓い続け出所しました。 それからは世の中のために生きようと決心しました。新聞配達を始め、子どもたちのために公園でポップコーンを作って無料で配ることを考えつきます。自らを「大阪一の恥さらし」と言う男は罪滅ぼしのために本の印税は未来ある子どもたちのために全て寄付すること

          「アメリカ最後の日 シビルウォー」 観るには覚悟がいる映画

          恐ろしい映画を観た。 中1の娘が観たいというので観に行った。おそらくYouTubeで予告編を見たのだろう。娘が観たいと言うのは「名探偵コナン」シリーズ以来だ。 『アメリカ最後の日 シビルウォー』。 例によって大阪ステーションシネマまで歩いていく。 映画が始まった。舞台は現代のニューヨークだ。てっきり南北戦争の映画だと思っていたので、あれっ?と思ったが、現代から過去へと遡る手法なのだろう。 10分ほど経っても1860年代にならないので、やっと現代、もしくは近未来を描いた

          「アメリカ最後の日 シビルウォー」 観るには覚悟がいる映画

          同志少女よ、敵を撃て

          第二次世界大戦の独ソ戦。ソ連が唯一前線で戦う女性兵士を生んだ理由は何だったのだろうか。 モスクワ近郊の農村に生まれた18歳のセラフィマはドイツ軍によって母親を惨殺される。 彼女は復讐のために狙撃兵になった。 本書では独ソ戦の転換点となったスターリングラードと要塞都市ケーニヒスベルクでの攻防がメインになっている。 悲惨でない戦争というものはない。セラフィマも極限状態の最前線に送り込まれる。 実際にソ連女性兵士が従軍したのは100万人近くだ。 女性が戦場に赴き、戦う意味を著者

          同志少女よ、敵を撃て

          コーダってなんだ? ろう者とその子ども

          コーダとは「Children of Deaf Adults」の頭文字を取った言葉です。つまり、ろう者難聴者の親を持ちながら、自分自身は聴こえるという子どものことです。 著者の父親は四歳で結核を患い、命と引き換えに聴力を失いました。母親は先天性のろう者でした。 両親は仲が良く、著者にも惜しみない愛情を注いで育ててくれました。 著者は小さい頃から電話や来客、病院や銀行、テレビの情報などを親の代理として伝達、交渉してきました。しかし思春期になるにつれ、ろう者である両親を恥ずかし

          コーダってなんだ? ろう者とその子ども

          『七帝柔道記Ⅱ』 立てる我が部ぞ力あり

          15人の団体戦、一本勝ちのみ、場外なし、待ったなし。 旧七帝国大学のみで戦われる、寝技中心の異形の柔道「七帝柔道」。 その壮絶な世界に飛び込んだ主人公の青春を描いた前作『七帝柔道記』は、柔道の話でありながら誰もが共感する普遍的な人間ドラマと評され、各界で大反響を呼んだ。 その伝説の作品から11年ぶりの続編。 (本書の惹句から) そのとき北海道大学柔道部は連続5年の最下位を喫していた。 何のために凄まじい稽古に耐えるのか。何のために戦うのか。勝って何があるというのか。

          『七帝柔道記Ⅱ』 立てる我が部ぞ力あり

          「いちびり」

          羽田第三ターミナルにある、客室乗務員にも人気の「おにぎり こんが」。 味噌汁と漬物のセットにもできます。具は20数種類。 第一から第三ターミナルの全てに展望デッキがあります。 夜景を眺めるなら断然第三ターミナルですが、 第一ターミナルの展望デッキはコンパクトながら椅子とテーブルがあるので食事しながら飛行機の発着が眺められます(全てのデッキは22時まで開放)。 羽田から帰りのこと、保安検査場の前にあるカフェでしばし休憩。 時間になったので娘に「そろそろ行こうか」と声をかけま

          中高一貫校の模擬授業で思わず涙したこと

          ある日、娘が小五の時に言った。 「私立の中学に行きたい」 妻が問う。 校区内の公立中学校に行けば歩いていける、その学校に進学したら電車通学になるから定期代もかかるし、朝早く起きないといけない。中学受験するなら塾に通わないといけないけど、お金がかかるから最悪このマンションを引っ越さないといけなくなるかもしれない。それでもいいの? 娘は「それでもいい」と言った。その言葉で石橋を叩いて叩いて渡る妻が決心した。 「わかった。老後の貯金を吐き出そう」 未来のことより、現在であ

          中高一貫校の模擬授業で思わず涙したこと

          受験二日前の塾への手紙

          入塾から受験日まで10か月という短い期間でしたが、塾の皆様には大変お世話になりました。 本人が中学受験をしたいと言ったとき、地元の公立中学に行けばいいと反対しましたが、本人の意思は固く、どうしても中高一貫校に行きたいということで通塾させることになりました。お陰様で塾で勉強することが楽しいと風邪で学校を休んでも夕方からは塾に行くほどでした。 オール3という可もなく不可もなしという学校の成績が三学期には算数4、国語5になり、何より驚いたのは当初の稚拙な作文が見違えるほどになっ

          受験二日前の塾への手紙

          フルマラソンと娘の手紙

          二年振り、二度目のフルマラソンの福知山マラソン。 雨が降っていたが、スタート10分前には快晴になった。緊張してスタート地点に立つ。 7歳の娘が「まけるなよ」とハイタッチをする。と言っても自分にとってはミドルタッチだが(笑)。 スタート地点は完走目標時間を自己申請して決まる。僕は4時間50分としたのでAからG地点最後尾のGだ。今大会は8006人が出走したそうだ。 10時半にスタート。集団がゆっくりと動き始める。1キロくらいまでは7分台のジョギング程度のペースだ。沿道ではランナー

          フルマラソンと娘の手紙

          ケアンズへの道17

          ホームレスのいる交差点にちょうど二階建てバスが左折してきた。イベント用の天蓋のないバスで大学生と思しき若者が盛り上がっている。 一人の男子学生が二階からホームレスを指差して 「Hey、You're my brother!」と言う。 娘は「一瞬で兄弟になったで!」と大受け。 夜の道をゲストハウスへと帰る。 入ったことのない、いつものベトナムレストラン。 この角を曲がったら何度も行ったwoolworths。既に閉まっているけど、もう訪れることもないだろう。ケアンズは小さな街だか

          ケアンズへの道17

          ケアンズへの道16

          われわれは喧騒を抜けてエスプラネード方面に歩いていった。公園を通って海沿いを歩く。誰もが使用可能の木製の椅子とテーブルがあり、家族らしき人たちが食事している。楽しそうだ。 海岸には船舶が停泊している。しばらく歩くとホテルもカフェもなく、人もいなくなる。辺りも暗い。 空を見上げる。南半球の星が満天に輝いているが、どれがどの星座なのか。 「二日は短いよなあ。担任の先生にオーストラリアに二日間行くって言ったら驚いてた」 「あと一日あったらどこに行きたい?」 「グレートバリアリ

          ケアンズへの道16

          ケアンズへの道15

          くだんの女性車掌が慌てたように客車に入ってきて、「大丈夫です。踏切に男性が侵入してきただけですから」と言ったが、なぜかこの時、彼女が英語を話したのか日本語を話したのか覚えていない。 ちょうどその時、車窓の目の前で50代くらいの半裸の男性が「俺は何にもしてねえからな!」と怒鳴りながら向こうの方に去っていくのが見えた。右手に紙袋を握っている。オーストラリアでは公共の場での飲酒は禁止されているので酒瓶に違いない。 ケアンズ駅には4時に着いた。 ホテルのチェックインが遅くなったの

          ケアンズへの道15

          ケアンズへの道14

          キュランダ鉄道は改札もなく、検札もない。お兄さんに渡されたチケットは記念乗車券みたいなものだ。 早めに客車に乗り込む。客車もレトロ感満載。ありがたいことにウォーターサーバーが置いてあった。チケットに書いてある番号を探して、三人掛けの赤いビニールの座席に娘と向かい合わせに座る(われわれの座席の横には人が座ってこなかった)。 英語のアナウンスが聞こえてきたが、娘は「しゃべっているの日本人やで」と言う。 しばらくして赤い制服を着た中年の日本人(多分)女性が乗車人数の確認に来た

          ケアンズへの道14