盗っ人。┃僕の妄想物語
…このお話は性的な表現を含みます♡…
空気の澄んだ夜だった。
まもなく警察署は当直の時間に入る頃だろうか。
ヒマそうな制服姿の警察官が立つ署のエントランスをこっそりと迂回し、僕は裏手の駐車場から 被疑者 押送用の外階段を上った。
踊り場へ辿り着き、そっと鉄扉を押し開く。
扉の先の「刑事一課」には、私服姿の刑事たちと、
書類が山積みになった机が並んでいた。
「高梨ミクさん、いますか」
鉄扉がギィと音を立てて開いた時点で、僕はすでに部屋中の刑事たちの眼光鋭い視線を集めている。
当たり前だ。
そして、自分がどうしてその名前を口にしたのか、
僕には分からない。
ただ、そこにはたしかに、
ひとりだけ明らかに浮いた格好をした女性刑事がいた。
「あのね、係長に𠮟られちゃうから、
そういう風に登場するのやめてくれる?」
その前にアナタのその格好をどうにかした方がいいんじゃないですか、
と言いたくなるほど乱れた姿を晒しながら、
高梨ミクは好戦的に言い放った。
◇
彼女は警察の花形である「刑事」に、
同期の男子を差し置いて出世したエリートである。
どうしてそんな情報が僕の頭の中に入っているかは、知らない。
とにかく、
新任警察官の時から通常の業務遂行は当然のこと、
初っ端から "周囲が理解に苦しむほど" の検挙数を叩き出す女だった。
被疑者を刑事課に引き渡すことで顔を覚えられ、
刑事部門の人から直接声をかけてもらうという稀なケースで「盗犯刑事」になった人物なのだ。
つまるところ、彼女は "泥棒専門係" である。
「何もないところから検挙につながるから。
だから、盗犯刑事は面白いのよ」
いつだったか、彼女は僕にそんなことを語ってくれた。ような気がする。
◇
「ちょっと、こっち来なさい」
言われるままに、僕は衝立のある奥のソファに引きずり込まれた。
「交番勤務ぶりかしら。懐かしいわ」
僕と彼女は、どこかの交番で出会ったのだろうか?
「今は呼出しがほとんどないからラクよ。
交番時代はひっきりなしだったもの」
ま、盗っ人さんも夜に活動することが多いから、
内偵してるときも多いけどね。
強烈に色っぽい背中のラインを見せつけながら、
僕に背を向けて、彼女はそう付け加えた。
「で、キミも何か盗んだの?
私にポイント稼がせに来てくれたわけ?」
不意にクルリと振り返り、距離を縮めて、
ずい、と僕の方へ体を寄せてくる。
な、なんのつもりだろう・・・
いや、そういう僕こそ、なんだってこんな得体のしれない場所に夜な夜な来てるのか?
冷静に考えればつっこむべきはそこなのだけれど、
でももう僕の頭は、目の前に迫る零れ落ちそうな白い乳房のことでいっぱいになっていた。
盗むというなら、
ぼ、僕の心と
男としての衝動をいまにも搔っさらって決壊させようとしてるのはアナタの方でしょう・・・!
そんなに近寄ったら、胸が押し付け・・・
あ、あああ、あああああああ
◇
pipipipipipi......
背中の鈍い痛みを感じるが早いか、
外から差す明かりに目を細めるのが早いか。
事態を把握するまで、
たっぷり30秒はかかっただろうか。
鳴っているのはスマホの目覚まし音、
僕が身を収めているのは勉強机の硬いイス、
机には、
勉強中だった社会〈公民〉のノートとテキスト。
自分のよだれが大胆に池を作るノートには、
自筆で
「2001年 中央省庁再編成:
内閣府の下に11省と、国家公安委員会」。
そして、そこから伸びる、
書きかけの「警察庁」の文字。
そうか、僕の夢はここから飛んだんだ・・・
―何もないところからー
―...だから、面白いのよ―
夢の中で彼女はそう言っていたっけ。
奇しくも、
前期中間テストを数時間後に控えた僕の脳内には、
詰まっているはずだった知識が「何もない」。
はたしてこれは、「面白い」で片づけていいことなのだろうか?
あぁ・・・眠い。・・・体が痛い。
最悪だ。
ふぅ、と僕はひとつ、ため息をつく。
しかし、ひとまずは、である。
僕はやっと起動し始めた脳みそで、かろうじて考えた。
まずはこの処理だ。
股間に感じる、まだ渇き切らない、このベトベトとした感触の片づけを・・・。
【完】
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