13 訪問リハビリの日常【嘘つき】
拒否のある方への訪問リハビリ
サービス付き高齢者住宅(サ高住)に入所している80代の山田さん(仮名)のお話です。
この方は脳梗塞後遺症、うつ病、アルツハイマー型認知症などの基礎疾患を抱えています。私が訪問リハビリで伺うとき、山田さんにはこう声をかけます。
「山田さん、こんにちは。今日も少し体調を確認させてくださいね。」
そう言って体温や血圧など、必要なバイタルチェックを行います。チェック後には、「体調は悪くなさそうですね。では、今からベッドをきれいにするので、少し車椅子に乗ってみましょうか」と伝えます。
山田さんは「そうか。」とおっしゃり起きようとしますが、すぐに「自分には起きれん」とも言われるので、私は手を差し伸べ「ではお手伝いするので、一緒に起きましょう。」と一緒にベッドの縁に座ってもらい、その後、一緒に車椅子に移ります。山田さんは立てないので、ほぼ全介助です。その後、約束通りベッド周りをきれいにします。山田さんは、車椅子に乗って食堂でみんなで食事をすることもありますが、ほとんどの場合は、起きる事を拒否してベッド上でご飯を食べています。そのため、ベッドの上は食べこぼしが多く汚れています。
次に、「山田さん、少し衣服を整えたいので、手すりにつかまって立てますか?」と私は声を掛けます。そして、車椅子を押して窓際にお連れします。掛け声を合わせながら一緒に立ち上がり、その間に衣服を整えます。この動作を通じて、短時間ですが立つ機会を確保しています。整え終わると、窓の外を眺めながら「今日は雨ですね。寒いですね。」といった日常の話をします。そして、数十秒立っていると、山田さんが「疲れたわ。」と言って座るので、少し休憩します。しかし、数分経つと、山田さんはさっき立った事を忘れてしまうので、疲れが取れた頃に、「山田さん、服が少し乱れていますね。一緒に立って服を直しましょう。」と促し、再び手すりを持って立っていただきます。
リハビリを「隠しながら」の工夫
山田さんはうつ病や認知症の影響もあり、「リハビリ」と言う言葉を伝えると、「なんでリハビリなんてやらんといかんのだ。」と不機嫌になってしまいます。そのため、私は「リハビリ」という言葉を避け、「ベッドをきれいにしますね。」「服を直しましょうか。」といった形で、日常のケアを装いながら身体を動かしていただくようにしています。
それでも山田さんは、動くことを嫌がることが多く、リハビリはスムーズにはいきません。週に2回の訪問リハビリで確保できる時間は限られており、身体機能や日常生活動作(ADL)は徐々に低下しています。ベッドで過ごす時間が増え、褥瘡(床ずれ)ができることもここ一年で何度かありました。デイサービスにも通っていますが、そこでも、すぐにベッドに移りほとんど寝ている状態が続いているようです。
徐々に低下する身体機能の中で
山田さんがサ高住に入所してから数年が経ちます。その間に、トイレに行けなくなり、歩けなくなり、自力で起き上がれなくなり、介助なしでは移動が難しい状態へと進行しています。
しかし、訪問リハビリは、山田さんにとって唯一1対1でしっかり体を動かす貴重な時間です。現状維持を目指すのは難しいかもしれませんが、身体機能やADLの低下を少しでも緩やかにできるよう、これからもリハビリを続けていけたらと思っています。
私は嘘をつきながら、リハビリを今後も行って行きます。