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京都日記 | タルトタタンをひとつ

2024年11月5日(火)

新幹線の中、ウェールズの『タイムマシン』をひらく。この秋は児童文学を読みたい気分。この本は栃木のbullock booksさんで購入した。

新幹線で暗闇を移動する自分と、タイムマシンで時空を移動する主人公を重ねながら、臨場感たっぷりで読み進める。

物語は名古屋駅に着く頃に最高潮の盛り上がりに差し掛かり、京都へ到着するぎりぎりのところで、幕を閉じた。

いや、面白かった。

ウェールズはこの物語を、まだ自動車や飛行機さえ存在しない時代に書いたのだと、金原瑞人さんのあとがきで知った。

京都駅からはバスで北へ。バスを降りると山の匂いがした。

1ヶ月ぶりに会った彼は、買ったばかりだという翡翠色の綺麗なシャツを着ていた。よく似合っている。わたしもおろしたてのコートを着ていたから、玄関先でお披露目をした。

お土産に、新横浜駅で買った「華正楼」の肉まんとミスドを渡す。

わたしの原稿を読んだ彼は「柚佳ちゃんが分裂してるみたい」と言っていた。章によって雰囲気が違うから、ということらしい。


2024年11月6日(水)

有給にしようか迷ったけど、朝から勢いよくトラブルの連絡が飛び込んできたので、早々に諦める。

朝ごはんは、華正楼の肉まん。蒸籠で蒸してもらった。蓋を開けると湯気がもくもく広がって、大きくてふかふかした肉まんが、蒸籠にどっしりと鎮座していた。そういえばこの蒸篭、中華街で買ったんだっけ。さすが、中華街の肉まんがよく似合う。

夕方、仕事を終えたあと、ひとりあてもなくバスに乗って、適当に降りた場所から歩き出してみる。夕陽が見れるかな?と期待していたけれど、日の入りがすっかり早くなって、間に合わなかった。だけど、紫色から紺色にうつろっていく空が見れた。白くて細い月が、だんだんと黄色に変わっていくのも。

京都へ行くとき、いつも「観光客で人が多いでしょう」と言われるけど、祇園祭で巡行をみたとき以外に、人が多いと思ったことがない。むしろ、夜にだれもいない路地を歩いているときに、たびたび心もとない気持ちになる。東京では人の多さに疲れてしまうのに、人の気配が少ないと、それはそれで少し寂しくなってしまう。ずっと居れば慣れるのだろうけど。

歩いていたら、出町ふたばの前にさしかかった。売り切れているだろうなと思ったら、まだ豆大福が入ったパックが並んでいる。これは買うしかない、と購入。ずっと食べてみたかった。

そのあともさらに歩き続ける。誠光社で町田康さんの「しらふで生きる 大酒飲みの決断」を買うか迷ったけど、やっぱり今は児童文学の気分だなと思ってやめた。年末年始に読んでみようかな。

夕飯は念願の「キュロット」さんへ。みどりさんに教えていただいて、日記にもよく出てくるので、ずっとず気になってた。

おひとりさま限定とのことで、どんな空気感なんだろうと少し緊張しながら入ると、なんともいえない居心地の良さ、不思議な安心感。

どのメニューも魅力的だったけど、あたたかいものが食べたくて「干しダラとマッシュポテトのグラタン」を注文。しばらくして運ばれてきたグラタンの上にはオリーブが3つ並んでいて、なんだかそれが可愛かった。

スプーンですくうと、もちもちのチーズの中から、クリーミーなマッシュポテトが出てきた。マッシュポテトの中には、鱈のほぐし身も入っている。一口食べて、おいしさに瞼を閉じた。干し鱈だからだろうか、旨味をつよく感じる。素朴なマッシュポテトも、すべてを包み込むチーズも最高においしい。一口ごとに、胃も気分もじんわりあたたまっていくのを感じた。

途中で隣に座られたお客さんが「ハッシュドビーフをひとつ。それから食後にタルトタタンとホットのチャイラテを。」と注文しているを聞いて、なんて素敵なひとり晩餐なんだろうと思った。わたしも次はかならずタルトタタンを頼もうと、こっそり決意。

そのあと銭湯へ行き、帰ってお茶を淹れて、出町ふたばの豆大福をいただく。豆がしっかりしていて美味しかった。これはたしかに長く愛される味だ。豆大福を食べていたら、彼が帰ってきたので「今日の京都散策の成果を教えてあげるね」と、歩いた道や食べたもののことを話す。

キュロットいいなあ、行ってみたいんだよなあ、と言っていた。

最近はずっとひとりの部屋で、書いて、料理をして、眠って、働きに出て、また帰ってきて、書いて、というのを繰り返していたから、久しぶりに世界に触れている気がする。

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