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ボン・マルシェに想うこと02
ボン・マルシェが、今のような何でも置いてる所謂百貨店になったのは1852年からだ。1838年開店時は、当時流行っていたマガザン・ドゥ・ヌヴォテmagasins de nouveautsだった。
このマガザン・ドゥ・ヌヴォテという営業形態だが、百貨店と同じように広い店舗面積で多くの売り子を使って販売する方式を取っていた。そのとき流行の最先端を取り揃え、季節によってはバーゲンセールもするのだが、百貨店との大きな違いは衣料品とその関連(生地とか)ものしか取り扱わなかったことだ。
ボンマルシェは、この限界を越えた最初の店舗だった。
さまざまな生活用品、身装品も同時に販売したのである。
この「品揃えの多様化」を為したのは、アリスティッドAristideとマルグリットMargueriteのブシコーBoucicaut夫妻。二人は当時喝采を浴びたパリの万国博覧会を観て、そのやり方を自分の商売へ取り込んだと云われている。
パリ万国博覧会は8回開かれているが、ブシコー夫妻がインスパイアされたのは1867年に行われたそれだろう。42ヶ国が参加し会期中に1500万人が来場したと云われている。ブシコー夫妻は、その集客力/見せ方の斬新さに感嘆の声を上げたに違いない。
二人はボン・マルシェのパビリオン化を目指して1869年から店舗の大幅改造を始めた。
大きなショーウィンド/明るい店内/広い通路に作り変え、見て来て楽しい、そして何でも売っている百貨店というビジネス形態を紡ぎあげた。
定価を表示し(商品に自信があるから)返品も可とした。また、季節の替わり目には大掛かりなバーゲンセールのイベントを行った。今のデパートで行っていることの多くが、このときのブシコー夫妻が産み出したアイデアなのだ。・・ちなみにブシコー夫妻は、バーゲンセールのことを「エクスポジシオン」と呼んでいる。
この二人のアイデアは、大ヒットした。ボン・マルシェは大繁盛店になった。
そして更なる発展を目指して、夫妻は当時最先端だった建築家L.A.ボワローとエッフェルに店舗の再改築を依頼した。今でもそのときの二人の仕事は本館天井に遺されている。なかなか壮観なものだから、ぜひボン・マルシェへ行かれた際はチェックしてください。19世紀を象徴する「鉄とガラス」のマリアージュが具現化された建築物である。このボン・マルシェの大幅再改装は紆余曲折を経て1887年に終わった。
「エミール・ゾラがね、このデパートをモデルにした小説を書いている。」
ボン・マルシェの本館を歩いているときに、僕が言った。
「ゾラって、この間あなたに観させられた『居酒屋』の原作者でしょ。まさか映画があるから見ようという話じゃないわよね。」
「映画化はされてないな。『ルーゴン・マッカールLes Rougon-Macquart』という全20巻シリーズものに入ってる『ボヌール・デ・ダム百貨店Au Bonheur des dames』という話だ。たしか11巻目だ。書かれたのが1883年だから、丁度大改造をしている最中のボン・マルシェをモデルにした小説だ。ゾラはその中で『消費者のための大伽藍"Une cathédrale de commerce pour un peuple de client"』と揶揄しているんだけど、きっとこの大天井を見ながらそう思ったんだろうな。」
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