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一時間でわかるフランスワイン2000年の歴史/第三巻: ボージョレー編 しゃべりたくなるワインの話 Kindle版
ボージョレー ワインの起源は、ローマ帝国の時代に始まります。 紀元前 1 世紀、ローマ人がガリア(現在のフランス)を征服した際、ブルゴーニュ地方全体にブドウ栽培が導入されました。 ボージョレー地域も例外ではなく、ローマ人はこの地域の肥沃な土地を利用してワイン生産を開始しま当時のワインは主にローマ帝国の交易網で消費され、ボージョレーはリヨン(当時のルグドゥヌム)という重要な都市に近いことから、物流の拠点として発展しました。 しかし、5世紀にローマ帝国が崩壊すると、ゲルマン民族の侵攻によりワイン産業は一時的に衰退しました。
中世に入り、キリスト教の修道院がボージョレーのワイン生産を復興させました。 ブルゴーニュ地方全体と同様に、ベネディクト会やシトー会の修道士たちがブドウ畑を開いて、ワイン造りに取り組みました。 この時期、ボージョレーガではメイ種が栽培され始め、その適応力と豊かな収穫量が地域の特性に合致しました。
しかし、1395年にフィリップ豪胆公がガメイ種を「粗悪な品種」と見なし、ブルゴーニュ北部での栽培を禁止する命令を出しました。 この結果、ガメイはボージョレー地域に追いやられ、ここで主要品種として根付くきっかけとなりました。 この出来事は、ボージョレーワインの独自性を確立する重要な転換点となりました。
近世に入り、ボージョレーワインは地域的なニーズに応える形で発展しました。 特にリヨン市の発展がボージョレーワインの市場を拡大しました。 リヨンはフランスの商業と美食の中心地として成長し、ボージョレーの軽やかで飲みやすいワインは地元の料理と相性が良く、人気を博しました。 17世紀には、リヨンの居酒屋でボージョレーワインが提供されるようになり、地域の名物として定着しました。
18世紀のフランス革命(1789年~1799年)は、ボージョレーのワイン生産に多様性と個性を与えています。
19世紀、ボージョレーワインはさらなる発展を目指しました。鉄道網の整備によりパリやフランス北部への輸送が容易になり、市場が拡大しました。しかし、同時期にフィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)の被害がヨーロッパ諸国を襲い、ボージョレーのブドウ畑も暫定的な任務を受けました。回復にはアメリカ産の耐久台木への接ぎ木が必要で、生産者はこの危機を乗り越えて改善に取り組みました。
20世紀に入り、ボージョレーワインの歴史に大きな転機が訪れました。地元の生産者ジョルジュ・デュブフがヌーボーを積極的に宣伝し、1950年代から1960年代にかけて、パリや国際市場で人気を博しました。ヌーボーは、収穫後数週間で飲める気軽なワインとして、祝賀も含めて広まっていったのです。
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