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余命100日
「大変申し上げにくいのですが、余命100日です」
医師は申し訳なさそうに私にそう告げた。健康診断にひっかかっただけでもショックだったのに・・・その後も医師は私に対して病気の説明をしていたはずだが、頭の中は真っ白で何を言われたのかを覚えていなかった。
「来月もう一度来て下さい。入院するかはそこで決めましょう。」
辛うじて最後の一言だけは覚えている。部屋にこもってこの先の事を考えた。3ヶ月分なら貯金はある。仕事をやめてしまおうか・・・?でも入院するなら足りないかも・・・結論は出ずに結局眠りについてしまった。
「あぁ、余命100日。」
「そんな軽く言わないで下さいよ。ショックなんですよ!」
「お前の場合大丈夫だろ。」
上司はそう言い放つといつもどおりの仕事を振ってきた。マジでやめてやろうかな。でもやめてどうするんだ?納期の日付が少しずつ先に伸びていくのを見ながらその時果たして生きているのかとうっすら思った。
「大変申し上げにくいのですが、余命100日です」
1カ月後の検査で医師は同じことを告げた。
「余命が減ってないって事は経過がいいんですか!?」
「先月説明したこと覚えてらっしゃいませんか?」
「すいません。その時頭真っ白で」
「この病気は患者が「生きてる!」と実感した時間が100日に達すると死に至る病気なんですよ。余命が減らないってことは」
「え?まさか死ねない?」
「一応5分減ってるので1年で1時間、24年で1日余命が減る計算です」
「・・・2400年も生きるの?」
そんなに寿命があっても困る。とにかく人生を充実させなきゃ。でも・・・どうやって?月に1度の経過観察以外は病院に来なくていいと医師は言っていた。その後は職場と家の往復生活で、休日はいつもどおり過ごして充実とは程遠い日々だった。
10年が経った頃、会社の後輩が同じ病気と診断された。後輩はすぐに仕事を辞めた。SNSで後輩のアカウントを見ると友人に囲まれてキャンプをする姿、花火大会へ行って恋人と仲睦まじく写っている姿、海外のよく分からない遺跡でポーズを取っている姿、色々な写真が上がっていた。どれもが眩しく思えたが半年ほど経つとぱったりと更新はなくなった。おそらく寿命が来たんだろう。
「減りませんねぇ。余命」
「また5分ですか?」
「今月はなんと6分減ってます!」
「うれしくねぇよ」
「・・・生きてて楽しいですか?」
「楽しくねぇから6分なんだよ」
「ああなるほど」
「納得すんな!」
20年が経った頃、とあるアイドルの卒業が発表された。同じ病気だった。本人の強い希望で1ヶ月後に卒業コンサートの日程が組まれて、後はなるべく余命を減らさないように活動を休止すると公表された。人気のあるアイドルらしくて、生きがいを失った同じ病気のファンからは複雑な声が上がっていた。1ヶ月後、彼女は精一杯のパフォーマンスでファンに別れを告げたが、鳴り止まないアンコールに彼女が応える事は無かった。彼女は舞台裏で倒れるとそのまま短い生涯を閉じたと、後で分かった。ついでにファンもかなり死んだみたいで、ちょっとした災害だった。
「1ヶ月しか経ってないのになんでなんですか?」
「我々凡人には計り知れない充実感なんじゃないですか?たった2時間のライブに文字通り人生をかけた訳ですから。5分さんとは大違いです」
「そのあだ名で呼ぶな!」
30年が経った頃、異変に気がついた。毎月1度診察を受けているがこれだけ時間が経てば最初に診察を受けた頃に働いていたのは当時新人だった婦長さんと・・・あの医師だけだ。婦長さんは相応に歳を重ねたように見えるがあの医師は一向に老けない。
「今月も5分ですねぇ」
「・・・あんたさ、俺と同じ病気だろ」
「バレましたか」
「なんで言ってくれなかったんだよ」
「言っても寿命減らないですもん」
「ちなみに生きてて楽しい?」
「楽しくないから3分なんですよ」
定期検診の相手に困ることがなさそうで、なんだかちょっとホッとした。
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