記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

ダンス・オブ・41

重い、重いすぎるよ・・・。軽い気持ちでなんとなく観始めたらまさかの激重映画、『ダンス・オブ・41』。

ダビド・パブロス(という読み方でいいのだろうか?)が監督したメキシコ映画で、1901年に実際に起きた事件を元にしているらしい。

ちょっと調べると、この「ダンス・オブ・41(41人の舞踏会事件)」という事件はメキシコではかなり有名だそう。

秘密のゲイクラブの会員たちが女装パーティーを開いていたところに突然警察の家宅捜索が入り、会場にいた41人が逮捕されたというこの事件。逮捕者に社会的地位の高い人が多くいたため大スキャンダルになったのだが、すぐにある噂が流れ出した。実は現場にいたのは42人で、メキシコ大統領ディアスの娘婿イグナシオがメンバーにいたのではないか、と。そしてこの事件はメキシコで初めて同性愛について公の場で語られた事件として歴史に名を残している。

この事件が元で、メキシコでは「41」「42」という数字が同性愛を表す隠語になり、特に「42」は受動的同性愛者、を表すのだとか。たぶん、かなり悪い意味なんだろうな。

映画『ダンス・オブ・41』は、この42人目、イグナシオ・デ・ラ・トーレ・イ・ミエルを主人公にした作品である。

イグナシオ(アルフォンソ・エレーラ)は野心家のエリート。政治家を目指しているため、ディアス大統領の娘であるアマダ・ディアス(メイベル・カデナ)に求婚し、結婚することになる。しかし彼は、女に欲情する要素のない完全なるゲイ。夜な夜なゲイクラブに通っていて、アマダとの初夜にも目をつぶって必死に違う何かを思い浮かべてことに及んでいる。

この点は、騙すにしてももう少しうまくやればいいのに〜と思うのだけど、結婚後割とすぐに彼女のご機嫌を取ったりうまくいっているフリをすることすらなくなり、毎晩遅くまで飲み歩き、果ては新婚なのに「部屋を別々にしよう」と言い出す始末。

イグナシオの通うゲイクラブには妻帯者や子持ちがたくさんいたので、「大丈夫、妻が不機嫌になったり浮気を疑ったりしたらプレゼントを贈ればいい」とか、家庭を守るためのいろんなアドバイスをもらってたんじゃないかなーと思う。これは身を守るための技でもあるし、家庭を守ってこそ秘密が守れるはず。でもイグナシオは女を舐めすぎたのか、想像以上に結婚生活がキツかったのか、表面上すら取り繕わない。

そんなこんなでついにキレたアマダは、彼の部屋を漁り、秘密の手紙を探し出してしまう。それは、彼が通っていた秘密クラブで出会った恋人エバリスト・リバス(エミリアーノ・ズリータ)からの愛の手紙だった。この辺で完全に騙されたことに気づいたアマダはエバを自宅に呼び出すなど、行動原理が屈辱と嫉妬まみれになってしまう。

そして、イグナシオにのしかかってまで「子供が欲しい」と迫ったのに部屋から追い出されたアマダは、大統領の娘としての権力を最大限に活かし、夫への盛大な復讐を「ダンス・オブ・41」事件で果たすことになる。

真相はともかく、この映画では、ふしだらな舞踏会が開かれるという情報を事前に察知したアマダが父・大統領に頼んで警察を動かした、ということになっている。 

男っぽさは残したまま濃いメイクをしてドレスアップした男たち(これ最高に性癖に刺さる)、その淫靡な秘密の夜の夢が、一気に太陽の下で大衆に晒されるシーンがとても辛い。

ドレスを着た髭面の中年男が、崩れたメイクで「息子にだけは知られたくない」と泣く。なんという残酷なことをするのか…。

イグナシオも彼らと共に逮捕されて牢屋にぶち込まれるが、義理の息子の逮捕を良しとしない大統領によって逮捕者の人数は「41人」と改竄され、彼は釈放されることに。

最後、イグナシオはアマダによって、あの夜一緒に逮捕されて以降消息不明だった恋人・エバの死を知る。偽りの結婚生活を強行することで復讐を完遂しようとするかのようなアマダの一方的な会話をBGMに、イグナシオの目からは一筋の涙が流れているのだった…。

*****

もちろんイグナシオ目線の映画なのだけど、私はイグナシオさえいなければ、と思ってしまった。バレたら自分だけでなくクラブの他のメンバーもひどい目に合うことくらい分からなかったのか。ゲイなのを隠して結婚することは理解できるけど、わざわざ大統領の娘を選んで屈辱的な目に合わせて逆上させ、その結果仲間を、恋人を殺すことになった。私がメンバーなら絶対恨む。堂々とやりたいなら地位は捨てて独身で通すしかないでしょう。

彼のせいで侮辱されることになったクラブの仲間が、昼間は良き夫・良き父親として生きていて、男としては愛せなくても家族としての愛情を抱いていたのだとしたら?結果的にその全てをぶち壊すことになったにもかかわらず、ちょっと泣いてアマダとの生活に戻っていくイグナシオはどうなの、と思われても仕方ないだろう。自分がその立場で何ができるのか、とも思うけど。

でもアマダをめぐってはちょっと複雑な背景があって、見た目が明らかにネイティブ系で、はっきりそうと示すわけではないのだけど、イグナシオに「母を結婚式に呼んでくれなかった」と言うシーンがあることから、おそらく母がネイティブ・アメリカンで、ディアス大統領の愛人だったんじゃないかと思う。

対して、イグナシオを含めたゲイクラブの会員たちは全員白人。エリート白人であるイグナシオ側の家族にはネイティブアメリカンでしかも妾など式に呼べるか、という空気があったのかもしれないし、そういう差別心が彼の中にもあったのかも。

そんな背景もあって、もともと気位が高くて男勝りで気の強い彼女はさらに復讐心を燃やしたんだろうなと思った。最初アマダはイグナシオに恋してしまったようだったし、無理もない部分もある(まあ私がアマダなら、エバとの仲は認めるし秘密クラブへの参加も公認、その代わりに私にストレートの良い男を提供させ、そのカモフラージュに協力させるけどね笑。共犯関係としてなら仲良くやれそう)。

それから、エバは架空の人物らしくて、実際にはイグナシオに特定の恋人はいなかったよう(結局これも噂なので真相は闇の中だけど)。この辺りは悲劇的な「愛の物語」として万人の共感を呼ぶように美しくまとめたのだろうし、それは成功しているのでこの映画はこれでいいのだけど、原因を「愛」よりも「性」にしてこの問題の本質をついてくるような作品をいつか観たいな、とも思う。

史実では、この事件で逮捕された41人の中で保釈金?を払えなかった者はユカタンでの戦争に送られたようなので、エバはおそらく戦地で死んだんだろう。

本当に観たあと辛い気持ちになるし、誰も幸せになれない重い映画だけど、夜の世界で解放された男たちのリアルな性欲剥き出し乱交シーンには、猥雑な美があって、かなり好みだった。

アマダとの愛のない行為と、エバとの肌で愛を感じる行為との対照的な描写も良かったな。


★NANASE★

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集