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その後のはなし|智頭町滞在期⑧

2024年9月13日から2週間、『遊ぶ広報』で鳥取県智頭町に滞在したマガジンはこちらから読めます!▼

ここでは、これらのエピソードのその後のはなしを綴っていきます。

初日から4日間お世話になったゲストハウス楽之には、最後の2泊もお世話になった。いろいろな人と関わり、ひと通りの場所を巡り、たくましくなって帰ってきた感じがする。

4晩を共にした5番ベッド、ありがとう

帰る前日の夕方、再び大判焼屋さんを訪れたら、ご主人がいつも通りドアと向かい合わせの椅子に座って出迎えてくれた。合計で3度しか訪れてないものの、「おう」と常連感出してくれて嬉しい。クリームを注文して、いつもの待合用の丸椅子に腰掛ける。

「描いてあげるけ」とご主人が取り出したのは、1枚の色紙と鮮やかな岩絵具。なんと旅のお土産に絵を描いてくれるというのだ。

こうして書いてくれた言葉は、『心に大きな根を育てる』。ビニール袋に入れて、大切に持ち帰った。

板井原集落に行った帰り、民泊『油屋』に宿泊することになっていた。そこによく遊びに来る近所のおじさんに板井原集落に行ったことを話すと、「そこの出身やけ」と……!今でもそこに畑を持っていて、その集落でつくる漬物を後日持ってきてくれた。

ちなみにその後、「楽之はシャワーのみだから、湯船に浸かれず疲れが取れない」とこぼしたら、「したら、温泉行くけ!すぐそこやけ」と、なんとすぐに車を出して温泉まで連れて行ってくれた。

「すぐ」と言われたのですぐ着くのかと思ったら、なんやかんや片道1時間は乗っていた。着いたのは岩井温泉。

『油屋』のふさこさんと一緒に入り、上がったらおじさんは目の前の居酒屋で一杯引っ掛けていた。見るからに地元感あふれる、タバコもガンガン吸うようなお店で食べたお好み焼きと、駐車場に戻るまでに見た中秋の名月は、これからも忘れないだろう。帰りはふさこさんが運転してくれた。

中秋の名月は次の日だったけど、とにかく綺麗だった

『ちづの農家旬菜屋』にはその後何度もお世話になった。シャインマスカットを購入して、実家とパートナーにひとつずつ送った。早速食べた母は「すっごく甘いんだね!」と絶賛していた。

旬菜屋の奥さんは私の発信を見つけていただいたらしく、FBの申請までいただいた。これからつながりがずっと続くといいなあ。

埼玉に帰る最後の月曜日、挨拶に行ったら特大の虹が見えた。近すぎてびっくり。

こんなに近い虹は初めて!
奥さんと📷お世話になりました🍇

民泊を終えてから5日後、ふさこさんから「栗のぼた餅またつくってるよ!」とLINEが届いた。その時はちょうど別の民泊からゲストハウスに移ったタイミングで、夜ご飯を自分で用意する必要があったのだ。「え?ラッキー、行く行く!」くらいのノリで、徒歩5分ほどの『油屋』に向かった。

着いたら、前回あれほど苦戦した栗の餡はすでにできあがっていた。餅米は今炊けたばかりのようで、ふさこさんは合わせた両手を右のほっぺたにくっ付けて「また手伝ってくれる?」とねだった。「はい、もちろんですよ」と、餅米を木の棒で突いていく。二度目となれば、慣れたものだ。

もちろん、その日のおはぎも美味しく、ふさこさんは早速近所の人に配りに行った。


ふさこさんは、私が埼玉に帰ってからもLINEをくれる。「今日も栗をもらったのでぼた餅にしています」と。砕ききれなかった栗の欠片と、塩をすこし入れすぎた栗餡の味を思い出して、「これが『田舎の味』ってやつなのかな」と思った。

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