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転職活動で不利になるとしても、オーケストラは絶対に続けたかった
「お疲れさま。ねえ、副団長やらない?」
いま所属しているオーケストラ(以下オケ)団体の団長に「ちょっと相談したいことがある」と言われて電話をかけた第一声、挨拶もそこそこに(というかほぼ無く)いきなり本題に入った。転職活動に力を入れていた、今年の7月の終わりだった。
私の母と同世代であろう団長とは、演奏面から運営面まで何でも話せる間柄で、飲み会では席替えを重ねても必ず最後は同じテーブルになってしまうほど、仲がいい。
けれどこのように改めて相談を持ちかけられるのは初めてで、「よほど大事な要件なのだろう」と察した。すぐに職場から帰宅して電話をかけたら、本当によほど大事な要件だった。
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私がこのオケに入団した1年前は、それまでサークル規模でやっていた地方の小さなオケに突然団員が増えた、嬉しいタイミングだったそうだ。
チェロは長年1人だけの在籍だったのが一気に4人に増え、ヴァイオリンも2、3人、待望のファゴットもやっとひとり枠が埋まった(私です)。
だからいままでは長らく、団長がすべてを仕切り、全員に意見を聞いて運営する、「みんなで仲良くやろう」体制だったという。
けれど、現在はありがたいことに団員が30人を超えて、これまでの少人数向け運営では管理し切れなくなっていた。全員の意見を聞いていてはいつまで経っても演奏会の曲は決まらないし、仕事の大小かかわらず団長ひとりで抱えるのは多すぎる。このオケは、サークルから組織に変わっているところなんだろうな、と、私も常々思っていた。
そんな経緯があり、今回改めてオケの幹部を定めて、そこを中心に運営することにしたようだ。
「エビアンちゃんは大学オケで演奏会を運営していた経験があるし、積極的に運営に参加してくれている。いつまでも上に立っている人間が変わらないのも良くないんだよね。あとは、辞めなそうだし(笑)」と、団長は私を選出した理由を話した。
とても光栄で嬉しかった反面、すこし心が痛んだ。
オケの人には誰にも言っていなかったが、本当は、翌月の定期演奏会を最後に退団しようと思っていたのだ。
オケの練習拠点は私の地元だが、現在私はパートナーの家に住んでいる。同じ県内ではあるものの、仕事終わりに重い楽器を持って地元に帰り、週に一度の合奏に参加する生活に負担を感じていたのだ。
ファゴットという木管大型楽器であること、車が無いため練習場まで歩かなければいけないこと(片道15分ほど)、これに天候不順が重なれば最悪だ。木管楽器の特性上、いくら楽器ケースに仕舞われているとしても、濡らすわけにはいかない。
そこに、今回の転職活動が重なった。転職すれば平日夜の練習時間に間に合わない。
いま住んでいる家の近くで改めてオケの団体を探してもいいかも。そう、思い始めていた矢先の、副団長の選出だった。
団長の突然の提案に驚いたが、私はふたつ返事で「わかりました」と答えていた。不思議と、それまでの負の感情が、ぜんぶひっくり返ったのだ。
団長なりに考えて私を選んでいただいたことが嬉しくて、「この団の仕組みづくりに、これから携わるんだ」と思うと、仕事探しもあっという間にオケ優先になった。すごく、わくわくした。
🎻👩💻
オケの事情を抱えての転職面接は、正直とても難しかった。オケの練習は平日の夜なので、仕事終わりでオケに間に合うかが決め手になる。
元々の条件である「在宅ワークあり」「未経験OK」に加えて「遅くとも定時は18時まで」「あまり遠くには出勤できない」を加算するのだから、残る募集はわずかだった。
そうしてわずかな応募から面接に辿り着けても、画面越しの面接官に「木曜日は定時帰りたい」と伝えると、笑顔で困った顔をされることがほとんどだった。採用はほとんど見送られた。それが理由かはわからないし、単なる実力不足かもしれないけれど、わざわざ不利になるようなことを自ら言っているのだからしょうがないと思った。
だから、「休むのも仕事です」「自分の趣味を大切にしてください」と言っていただけるような会社にいま転職できているのは、とても恵まれているしありがたい。
前までは散々「負担だ」と思っていた練習場への移動も、いまでは、仕事で疲れ切っていたとしても「オケには絶対に行きたい」と思うほどに、向き合う姿勢が変わった。
大人になっても趣味を続けるのは、簡単なことではない。
けれど、今回オケで役職をいただけたことで、もっと、オケを大切にできたと思う。
難しくても、転職条件を妥協しなくて、本当によかった。