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息子よ、母は豚肉を焼きたい



ある日の夜。


7歳長男は、3ヶ月に1度くらいの割合で「1人でお風呂に入る」と、突然言い出すことがある。


「お、いいねぇ!」


と言いながら、ッシャーーーーーーー!と心の中でガッツポーズをする私。

これで夕飯の支度に集中できるぜ。


いつもさ、支度中にどうでもいい兄弟喧嘩が始まったり、「見て見て」攻撃くらったり、「お腹すいた何かちょうだい」攻撃くらったり、全っっ然スムーズに支度が進まねぇんだわ。

まぁ、小さな子供がいる以上仕方ないとわかっちゃいるが、イライラする。

私は、自分の作業を中断されるのがとても苦手なのだ。

それがない!って思うと、それだけでボックス踏みたくなるくらいルンルンになる。


さて、豚肉焼くか♪


「お母さーん!ちょっと来てー!」

と、さっそく風呂場から呼ばれる。

「なにー?」

と、風呂場を覗くと

「いくよ?見てて?ネット使わずに、泡にしてみるよ?いい?見てて?」

と言って、液体のボディーソープをネットを使わずに泡泡にする方法を伝授してくれた。


ものすごーく丁寧に。


「オッケー教えてくれてありがと!すごい泡だね!じゃあ、それでしっかり洗ってね(ニコッ)」

と言い残し、私はキッチンに戻った。

さて、豚肉焼くか♪


「お母さーん!ちょっと来てー!」

と、また呼ばれる。

「なにー?」


と、風呂場を覗くと


「ほら、さっきの泡で体洗ったよ!」


体洗った報告。

「おお!それはよかった!」

と言い残し、私はキッチンに戻る。


さて。今度こそ豚肉焼くか!


「お母さーん!ちょっと来てー!」


・・・

イラ

「もう、なにーー?!?」

と、風呂場を覗く。

「顔を洗ったと思う?思わない?」


知らんわ



と、言いたいところだがお口チャック。
うちの繊細坊やは、どこぞに地雷があるかわからないからね。
ちょっとの一言がめんどくせぇ事態になるかもしれないからね。
ここは、お口チャックで。


「えー、そうだなぁ。洗ったんじゃないの?」

「ぶー!まだでしたー!」

イライラ

「オッケー!あのさあのさ、お母さんさ、豚肉焼きたいから!」


と強めにアピールし、キッチンに戻る。


私は、とにかく豚肉を焼きたい。
ただそれだけ、それだけなんだ。


豚肉を一枚一枚広げ、塩胡椒をする。
ものっすごいスピードで。


「お母さーん!ちょっと来てー!」

チッ、また呼ばれたぜ。
風呂場を覗くと


手のひらいっぱいの泡で、シャボン玉を作って飛ばして遊んでいた。


「ほらほら。こうやって・・・」

ふぅ〜っ
パチンッ、失敗。


ふぅ〜っ
パチンッ、失敗。


「あれっおかしいな、もっ回!見てて!いくよ?・・・」


ふぅ〜っ
パチンッ、失敗。


そろそろ成功してもらっていいですか



「ちょっと、もういい?お母さん、豚肉焼きたいからさ!」

ふぅ〜っ!


「ほらっ!ほらっ!!!」


目の前をゆっくり飛んでくシャボン玉。


「おお!飛んだ飛んだ!お母さんさ、豚肉焼きたいからもう呼ばないで?」


私は、キッチンに戻る。
チッ、一体何往復してんだろ。

IHの電源をつけ、フライパンを温めようとした時


「お母さーーーー・・・」


と、呼ぶ声に

「お母さん、豚肉焼きたいからー!!!」


私は、かぶせ気味にキッチンから叫んだが、


「お願いぃぃぃーーーー!!!見ぃてぇよぉぉーー!!」

と、叫び返してきた。

はぁ・・・ですよね。
地雷だけは踏むまいと、IHの電源を切り、再び風呂場へ向かう。

風呂場を覗くと、ゴーグルをつけた坊やがそこにいた。


え、何が始まるの。


「いくよ?見ててね?いくよ?見ててね?いくよいくよ〜」


はよ、いっとくれ!


ジャボーン。


ゴーグル坊やは湯船の中に潜り、湯船に沈めた宝石のおもちゃを拾い上げた。


とったどーーーーー!的な感じでぷはーっと、湯船から出てくると、宝石をカランカランと洗面器の中に入れた。
ゴーグルをおでこにあげ、濡れた顔を手でゴシゴシ拭く。そして、目をつぶりながらガーゼを要求。

まだ、顔を手で拭くだけじゃ足りないらしい。

ガーゼを手渡すと、目元をガーゼで丁寧に拭き


「・・・・すごい?」


と、ドヤ顔で私を見つめた。

「すごい!すごいねぇ。潜ったねぇ。宝石取ったねぇ。じゃあ、お母さん豚肉焼きたいから!ね?ちょっともうほんとに焼かせて!


と、かなりの圧をかけキッチンに戻る。


全然進まねぇ


夕飯支度に集中できっぞー!ってボックス踏もうとしていた頃が懐かしい(遠い目)。

だんだんイライラしてきた。



「お母さーん!ちょっと来てー!」


イライライラ


「お母さーーーーん!来てってばぁーーー!」

イライライライラ


「ねぇってばぁーーーーーーー!!!!!!」


眉間に皺寄せラッパー鬼瓦登場


いい加減にしてくれYO
母は豚肉焼きたいYO
お願いだからもう呼ばないで
豚肉ジュージュー焼きたいYO



鬼瓦に化した私は、ただYOをつけただけの、韻なんぞ踏んでないラップを高らかに歌い上げた。



「もう、豚肉焼かせて!!!」


と、風呂場に顔出す鬼瓦。


「ねぇ、見てて!いくよ!見ててね!!!!いくよ?」


聞いちゃいねぇ


全く動じないゴーグル坊や(またゴーグルつけたんかい)。

固まる鬼瓦。


次は、何が始まるんだ。


彼は、自作のLEGOの船を4つほど持ち込んでいた。
そして、「いくよ?」と言いながら、湯船に1つめを浮かばせると、ユッサユッサ体を揺らし出した。

ザバンザバンなる湯船


お湯もったいなぁ・・・と眺める鬼瓦。


「これ、台風ね!これ、台風の海ね!!!!」

と、楽しそうにザバンザバンするゴーグル坊や。

ポテッとひっくり返るLEGOの船。

「あー・・・ひっくり返ったねぇ。次!次やってみるよ?」


と、ゴーグル坊やは2つめのLEGOを浮かばせ、3つめ、4つめも順次同じようにザバンザバンやり出した。


ザバンザバン
ザバンザバン

一体、何を見せられているのだろうか。



「はい。もう行っていいよ!」


いいんかい


はぁ。

キッチンに戻ると、「いつ焼いてくれるんだブヒ」と言わんばかりに、スタンバイOKの豚肉たちが並べられている。


さて


今度こそ


焼くか。


「お母さーーーーーーん!!携帯で動画撮りたいーーーー!」


マジですか


しかも


水の中オッケーのスマホケースに入れて水中から動画を撮りたいと要求してきた。


ガクッ


負けた。
負けたよ、お前さんには。


ぺりぺり鬼瓦が剥がれていく。

私は閉まってあったスマホケースを取り出し、スマホを中に入れた。


「はい、持ってきたよ」


と、ゴーグル坊やに渡した。

慣れた手つきでシュッと人差し指を滑らせ動画にすると


「今から撮るからそこで見ててね!!!!」



と言い放ち、ゴーグル坊や監督は、ジャボンと湯船の中に潜っていった。


潜りながら体を揺らし、湯船の上で揺れに揺れているLEGOの船を撮影する監督。


その可愛いお尻を見つめる、私。


どんな作品になるんだか。



結局

豚肉は1枚も焼けず、いつもより疲れて終わったのだった。


監督が撮った動画は3分を超える大作だった。


私のスマホが、熱くなっていた。

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