カリフォルニアの雄大な自然にすっかりはまってしまった
大学生活が本格的に軌道に乗り始めた。授業についていくのは大変だったが、こつをつかむことができた。短大に入学した当初によくあった途方に暮れるという瞬間が少なくなっていった。授業は無欠席を通した。高校時代にさんざん学校をさぼって午後から行ったり勝手に早引けしていた自分としては、無遅刻無欠席で大学の授業を受けている自分に驚いた。人間って変わるんだ!
勉強もフルでがんばったけれど、余暇もきっちり楽しんだ。ロバとの盛り上がりに欠ける付き合いはもめることもときたまあったが続いていた。1週間のうち半分くらいをロバのアパートで過ごす毎日がルーティーンとなった。
ロバの欠点は自分が好きなことを相手にも強要しようとすることだった。押しつけがましいのだ。それが功を奏したのは、カリフォルニアの雄大な自然の美しさを教えてもらったことだった。ロバはバックパックを担いで山歩きをする山男で、付き合い始めて3年目の夏、ヨセミテ国立公園へ山登りの旅に出かけることになった。
私はといえば、キャンプの経験はゼロ、バーベキューやピクニックはアメリカに来てから経験したが日本でやったことはなかった。もちろん寝袋で寝たこともなかった。だいたい日本でキャンプなんかしたら、蚊の襲撃にあって体中がぼこぼこになってしまう。両親はゴルフ以外のアウトドアで楽しむことはやらなかったのでキャンプなどに連れていかれたことはなかった。
そんなわけで山登りの旅をするのはいいけれど一体どんな感じなのか想像がつかなかった。それでもなぜか行ってみたいなと思ったのだ。
寝袋からバックパックに登山靴まで一式そろえ、出発前の一か月はバックパックに荷物を少しだけ入れて近所のトレイルで大きなバックパックを担いで歩く練習をした。バークレーの周りにはハイキングコースが山のようにあるので練習場所に困ることはなかった。ちなみにこの時に買った寝袋と登山靴は20年以上たった今もまだ使っている。ものすごいコスパだ。
ヨセミテ国立公園はシエラネバダ山脈というカリフォルニア州とネバダ州の州境に走っている山脈の中にある。サンフランシスコエリアからは車で約3時間の道のりだ。ヨセミテバレーという宿泊施設やビジターセンターなどがあるヨセミテの中心的な谷は標高が約1500メートル。観光客はバレーをベースにしてヨセミテ見学をする。ヨセミテ国立公園の中で一番高い山頂で3997メートルまで上がる。3776メートルの富士山より少し高い。
バレーから様々なハイキングコースがスタートしており数時間で歩ける短いコースから1日がかりで歩くコースまで様々だ。またヨセミテはロッククライミングでも世界的に有名で、エルキャピタンという多くのプロクライマーが目指す巨大は岩の壁がバレーに神々しくそびえている。その姿とパワーにはいつ見ても圧倒される。
前期のセメスターが終わるタイミングの7月上旬にヨセミテ国立公園へ向かった。ヨセミテへは観光で来たことがあったので、観光客がまず行くバレーはスルー。トルウミメドウという山登りのベースになっているエリアへ向かった。トルウミメドウは標高が2600メートルまで上がり車で行くことのできる最も高いところになる。山に入る人たちはここに車を置いてバックパックを担いで歩き始めるのだ。
まずはトルウミにあるシャワーなどの設備が整っているキャンプ場に泊まって標高に体を慣らすことになった。人によっては標高2500メートルくらいで頭痛などの軽い高山病の症状が出る。私は比較的高度に強いようで3500メートル超えても特に際立った症状は出なかった。
3日かけて標高に慣らした後バックパックを抱えて出発した。10日分の食糧と着替えや寝袋などが入っているパックだ。練習してきたとはいえ、重くて歩くのはかなりきつい。テントはロバに持ってもらった。あせらずゆっくりと登っていく。ところどころで小川の水を浄化して給水する。
朝から夕方まで歩き、日が暮れる前にテントを設営するのに良い場所を探しテントを組み立てる。たいていは小川の近くだ。人類が川の周りから集落を築いていったのがよくわかる。水なしでは生きていけないのだ。お湯を沸かしてフリーズドライの夕食をいただく。お湯をそそぐだけでできるトマトソースのパスタやリゾットだ。
キャンプ自体が初めての経験だったのに設備の何もない山の中でのキャンプまで体験してしまった。まわりには誰もいない自然のど真ん中だ。熊に食料を盗まれないようにプラスティックでできた食料入れに食料を入れてテントから離れたところにおいておく。夜はもちろん月明かりと星空だけ。天の川がくっきり見える。
素晴らしい経験だった。日暮れとともに眠り、朝日とともに目覚める。朝は小川の水で顔を洗う。お湯を沸かしてお茶とパワーバーの朝食を済ませ、テントを畳んで出発する。3500メートルまで登って行った。湖や小川がシャワーとなり、エコフレンドリーなシャンプーを使って髪を洗う。あとは自然乾燥だ。これを10日間繰り返した。3500メートルまで上がると木が育たなくなるので岩肌でごつごつしたところが多くなる。まるで別の星にいるような気分だ。言葉では形容できないマジカルな経験だった。
この旅で私はアウトドアのすばらしさにすっかりはまってしまった。静寂な山の中での10日間はあまりにも衝撃的だった。
今はバックパックを抱えて山に入ることはしなくなってしまったけれど、私たち家族のバケーションは自作のキャンピングカーで旅をすることだ。もちろん3匹の犬たちは常に一緒に旅行する。この原点はヨセミテでバックパックを担いで山に入った初めての本格的なアウトドア体験にあると思う。
アメリカ西海岸の自然はものすごく雄大だ。海もあるし山もある。砂漠だってある。アメリカの魅力は実は自然の雄大さにあると私は思っている。自然のすばらしさを保存するのがとても上手な国なのだ。
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