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マツナガミキ
2019年12月6日 18:25
だれかの”すべて”を許すのは、難しい。存在を認める、それはできる。でも、受け入れるのは難しいと常々思う。それは、性格だったり特性であったり。なんでも、「いいよ」「いいですよ」って受け入れてしまう人はすごい。前に会社で、わたしのやりたいことを全面的に肯定してくれる上司が居た。”わたしはここにいていい”っていう自己肯定感が持てる場所はとても居心地がよくて。わたしも誰かの拠りどころ、
2019年9月4日 22:19
「むしゃくしゃする」ってだれにでもある感情ででもそんな感情も持ってる同じ人間でも「こころがきれいなひとだな」とおもう人はたくさんいるまじめで人当たりもよく、笑顔が素敵、とか。そんなひとでもたまには八つ当たりしてしまったりするんだろうけど。真面目に生きていきたいな、って常に思います。日常を愛しているからこそ、この”環境”と”日常”を作ってくれている身の回りの人も愛していきたい。感謝
2019年8月2日 09:59
一生のあこがれの人。命の灯が穏やかに弱々しく、消えかかろうとしている。彼女は、わたしの母なのだけれど。わたしが高校1年生のときに白血病を発症して現在は治療も八方塞がり、緩和医療を受けている。彼女は、わたしの高校卒業も成人式も、はたちの誕生日も見届けて「安心した」と、窓の大きな病室に集まった友人らに話したという。先日、持って1週間だろう、と宣告を受けた。もう、意識は朦朧
2019年7月11日 21:30
先がつん、と尖っていた鉛筆の芯は、絵を描くごとにどんどん丸くなっていく。カッターナイフでまた削り、尖らせて、また描き始める。しばらく描いていれば、また丸くなる。さあまた鉛筆を削らねば。と、その繰り返しで白紙を埋めていく。すこし余白を持たせると雰囲気が出る。歌を作るのもたぶんそれと同じようなことだと思った。わたしは「幸せは途切れていく」と、「ゆうやみ」という歌の歌詞に書いた。その曲はまだ製
2019年4月14日 08:48
毎朝花に水を遣るとか、毎晩ネイルを塗り直すとか。面倒なことに思えて仕方がない。そんなものは、毎日のルーチンワークになってしまって、忙しない日々に溶ける。たぶん、それはわたしがせかせかと生きているからだろうなって、思っている。そういう憶測だけど。これじゃ、ため息と一緒にしあわせも溶けてく。毎朝花に水を。土の乾き具合で量を調節して、少し萎れてしまって元気がなさそうなときには栄養剤を混ぜて
2019年4月8日 20:12
覚束ない足取りで改札を抜けて人の少ない5番ホームに向かう。地元密着の単線から見える景色はすっかり春になって心躍る半面、桜を通して季節を見送ることに切なさを感じます。似合わない厚底シューズに強がりを詰め込んで大きなカバンには不安を詰め込む。抱え込むような性格でもないけれど、ひとになにか核心みたいなものをつたえるのは苦手だ。それなら無理に話さなくていいかなって思考で。何を伝えた