『八月の御所グラウンド』は爽やかに妖しく心をカケル
第170回直木賞を受賞した『八月の御所グラウンド』(著:万城目学)は、表題作と「十二月の都大路上下ル」の2篇からなる。
わたしは、本書の最初に収録されている「十二月の都大路上下ル」が好きだ。
新京極、寺町……京都へ行ったことがある人であれば、この響きだけで、観光客でにぎやかなアーケードのある商店街が思い浮かぶのではないだろうか。
行ったことがある地名を本のなかに見つけると、本との距離がグッと近づいた感じがして嬉しくなってしまう。
そして、旅館の「山茶花」という部屋の名前。
「新京極」「寺町」「山茶花」、この言葉の組み合わせだけで修学旅行で京都へ訪れた気分になるから不思議だ。
そう、この本の舞台は京都。
冒頭から京都感が満載なのである。
主人公は、地区大会を優勝して「女子全国高校駅伝」の舞台である京都へやってきた一年生メンバーの女の子だ。
先輩たちの応援で気楽な気持ちでいたのだが、急遽一年生の中から一人走ることになる。
彼女は自他ともに認める「絶望的なくらいの方向音痴」なのだ。
わかる! わかるぞ!
よくぞ方向音痴の気持ちを代弁してくれたものだ。
彼女は言う。
「無理です」と。
走りに自信がないのはもちろん含まれているが、「無理です」のなかに、道を覚えられる自信がないということが、結構なウェイトを占めている。
考えるの、そこ!?
思わずツッコミたくなるような、彼女のキャラクターが見て取れる。
そんな彼女が雪が降る都大路を走る。
ただ走るだけでも十分な青春物語なのだが、京都という不思議な都市はそうはさせない。
走る彼女の視界にあらわれた、着物で並走するちょんまげの人物。
右? 左? 方向音痴の彼女はちゃんとコースを走ることができるのか。
また、同じ道を走り、同じ景色を見ることで、知らない者同士だった関係性が変わっていく様もいい。
ライバルも巻き込んで、いつの間にか流れるように京都の不思議な世界へ入ってゆく。
テンポよく進む物語の展開と、読み返したくなる構成。
一気に読めてしまう。
読後感がいい。まるでミントのよう。
ええ、爽やかです。
自分にも、爽やかで瑞々しい時代があったのかもしれない……なんて、思わずノスタルジーにひたってしまった。
立ち止まったままではなく、あの頃のように走りながら景色を見ようではないか。ただし、休憩多めで……。
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