『夜が明ける』は大切な友を思い出す
「お前はアキ・マケライネンだよ!」
人に影響を与えるような、人生を変えるフックになるような言葉はたいてい言ったほうは覚えていないものだ。
191センチで吃音があり、クラスメイトの誰もが遠巻きで見ていたアキに対して、びびってないぜ感を出すために主人公が言ったその言葉は、アキの人生を変えた。
2022年に本屋大賞にノミネートされた『夜が明ける』(著:西加奈子)は、主人公が語るアキの容貌の描写に、冒頭から引きこまれた。
映画好きにはたまらない比喩だ。
これだけ濃い俳優を集めると、奇妙な風貌になるのもうなずける。
そして、そのなかでも一番似ているのが、フィンランドの俳優であるアキ・マケライネンというわけだ。
じつは、このアキ・マケライネンは実在しない。
そう、この物語の中でしか存在しない俳優なのである。
しかし、他の俳優たちが実在する超有名俳優のため、あたかもアキ・マケライネンが実在する俳優のように感じる。
このアキ・マケライネンが一人の人生を変え、そして、ひとつの友情を生む。
どんな物語なのかを簡単に言うと、15歳だった高校一年生から33歳になるまでの、主人公とアキの男の友情の話だ。
このなかに、虐待や貧困、ハラスメント、過重労働と、現代の日本が抱えていてる問題が盛り込まれているので全然簡単な話ではない。
物語は主人公の目線で、アキの人生と主人公の人生が交互に語られていく。
前編と後編にわかれていて、前編と後編とで調子が違う。
後編は、体調が万全なときに読んだほうがいいかもしれない。
それほど、登場人物たちに厳しい現実が降りかかる。
前編は二人が出会った高校時代に始まり、困難を乗りこなしていくパワーがある。
高校卒業後、大学を経て、テレビ業界の仕事に就いた主人公と、「マケライネンになりたい」という夢をかなえるため劇団に入ったアキには、まだ希望があった。
希望に向けて歩き出した前編が過ぎ、大人になった後編は、現実の苦しさとやるせなさが押し寄せてくる。
大人になり、社会のなかの一部として染まっていき、そしてはじかれていく。
テレビ局で酷使される日々。
ハラスメントや過重労働など、現在の日本で社会問題になっている問題が、いつの間にか主人公にもふりかかる。
置かれた環境で頑張ろうともがけばもがくほど、ずぶずぶと暗い沼に足をとられる主人公たちの姿は、読んでいて苦しくなる。
きっと、大人になると思うように現実が進まないことを、自分が知っているからなのかもしれない。
だからこそ、辛くてもページをめくる手は止まらない。
なんとか、その沼を脱してくれ!
そう思いながら残りページをめくっていく。
そして、最終目的地へたどりつく。
友情というものは不思議なものだ。
主人公がアキを誇りに思っていると同様に、主人公もアキを大切に思っている。
それを言葉にする機会はないため、勝手に相手の思いを汲み取ってしまう。
確かに、弱音や愚痴は吐いても、本当に辛いときは、相手のことを考えて助けを求めることはしないかもしれない。
でも、助けを求めてほしいと思う。
どんなに辛くても、続いていく現実に立ち向かっていこうとする主人公の姿に、ひとすじの光がみえる。
明けない夜はない…なんてよくいうが、命が尽きるそのときまで、夜を繰り返していくのだろう。
助けを求めるということの大切さを教えてくれる1冊である。
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