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映画『ファーストキス』を観た帰り道に考えたこと
映画の公開を心待ちにしたのはいつぶりだろう。それくらい楽しみにしていた、坂元裕二さん脚本の『ファーストキス』を先週、仕事帰りに観にいった。
映画を観た後、夜の人混みの中を歩いて、電車に乗って家に帰りながら、いろいろなことを考えた。忘れまいと、そのとき急いで書いたメモの内容を整理して、ここに書き残したい。
「泣ける=感動する映画」ではない
観る前に情報をなるべく入れたくなかったけれど「泣ける」との評判だけは耳に入っていた。私より早くこの作品を観た同僚も多くて「めちゃくちゃ泣いた」「泣きすぎて頭が痛くなった」と言っていた。
私は映画を観て泣いてしまうことが多いので、この作品にもたくさん泣かされるのかなと想像しながら臨んだ。で、結論から言うと、そこまで泣かなかった。
いや、思わず涙が出たところはあったのだけれど。たとえば、私が最近一番泣いた『コーダ あいのうた』の涙の量を10だとする(アマプラで観た)。そうすると『ファーストキス』は3くらいだと思う。
こう言うと「それほど作品が刺さらなかったのでは」と思われてしまう気がする。でも、それだけは明確に否定したい。私はこの映画が大好きだし、観てよかったと心から思っている。帰り道に、映画から受け取ったたくさんのことで頭がいっぱいになる時点で、もう私にとっては最高の映画なのだ。
そして、これは個人的な感想になるのだけれど「そこまで泣けなかった」ところに、この映画にしかない魅力があるように私は思う。うまく言えないけれど「泣けるに決まっている」と言ってもいい題材なのに「涙が出る」以外の感情から、感動を得た。「泣ける=感動的な映画」とは言いきれないんだろうな。今まで考えたこともなかった感想が、私の中に湧いてきた。
ワクワクと正しさ
今、仕事で「ワクワク」について考えている。簡単に言えば、私は読むとワクワクするようなコピーを書きたい。そのために「自分がワクワクする瞬間」に敏感であることを、生活の中で意識していたりする。
そんな中で『ファーストキス』を観たのだけれど、私はこの映画に何度もワクワクさせられた。ええ?ここからどうなっていくの?ここでそんなセリフ言う?え、今のどういう意味よ!ここでその行動おもしろすぎない?何それキュンだよ……とか。
一方で正直、ちょっと違和感を覚えるところも、映画の中にはいくつかあった。鑑賞後に見た他の方の感想文の中には、作中に感じた違和感を言語化されている人も何人かいて、そこに対して「確かに」と思ったことは事実だ。
だけど、映画の中で私は何度もワクワクしたし、物語からのメッセージも受け取った。この曖昧さがあるからこそ、生み出されたたくさんのワクワクがあるように思えた。私はこれが、この映画のもう一つのすごいところなのではないかと思う。
言葉を考える中でも「論理性」「つじつま」「正しさ」から目を逸らすことはできない。だけど「ワクワク」を生み出すにはきっと、それらに捉われすぎない勇気が必要なのだろうな、と気付かされた。
人間関係の贅沢
たまたまこの映画を観た時期、伊坂幸太郎さんの『砂漠』を読み返していた。『砂漠』は、伊坂さんの中で一番好きな作品だ。
『砂漠』の終盤には、こんな言葉が出てくる。そしてこれは、サン=テグジュペリの本に出てくる言葉らしい、というところまで書かれている。
「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」
久しぶりにこの言葉を読み返したとき、正直すぐに言いたいことが飲み込めなかった。わかるような、わからないような。朝の電車の中でこれを読み、モヤモヤとした気持ちで通勤したことを思い出す。
それから数日経ち『ファーストキス』を観終わった帰り道、自然とこの言葉が頭に浮かんだ。映画を通して一組の夫婦の人生を見届けた後、自分の中で言葉がすっと腑に落ちていくのを感じた。
一つ目の話にもつながるけれど、映画では夫婦が主役なので、私が結婚を経験していたとしたら、また少し違った感想になっていたのだと思う。でも、この映画の主題は広く捉えれば、いろいろな人間関係にも当てはめられるような気がする。これまで私が出会ってきた、たくさんの人のことを思いながら、帰路についた。
映画を観た翌日、会社で同僚たちに「泣けましたか?」と聞かれたので「思ったより泣かなかった、でもそこがすごく良かったです」と、正直に感想を伝えた。うまく伝わらないのでは、と思ったのだけれど「いや、わかります。泣かせすぎないところが、良いんですよね」と言ってくれた人がいて、嬉しかった。
4月にはもう一本、坂元裕二さん脚本の映画が公開を控えていることにも驚く。今作の余韻に浸りながら、そして次の作品にも思いを馳せながら、春を待ちたい。
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