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評価されるため目指す事

私は、評価されるために目指す事に疑問をずっと持っています。
英語に関していえば、TOEICを初めとする資格信仰です。

この「評価」基準とやらは場所によって非常に変動します。資格の種類一つとってもそうです。

何か評価する方に一定の基準があり、そこからどれだけ出来ているか、ダメか判断される。

この「基準値」は誰が決めているのでしょうか?

高く評価されたければ、「基準値」を決めた人のそれになるべく沿ったように反応すれば良い訳なんです。
言い換えれば、そういった反応を自分で敢えて覚え込み即座に反応すればするほど点数が上がるとなります。資格はそういうものです。

これは、特定の動作を覚え込む、暗記人間が高得点に有利な面が多い事は自明。
だから資格試験は練習がいる。

その動作の癖を覚え込むために、やはり時間を使います。覚えるまでの時間は人によってそれぞれでしょう……。

これ、機械学習と同じ仕組みです。
あなたは機械なんです。人ではなくて。何も違わない。反復学習しているAIと同じになります。もしかしたら、ChatGPT以下かもしれない。

金儲けしたい人は簡単に点数とってしまったら、儲からないです。試験傾向を変えなければいけない。これは日本だけでなく世界でそうでしょう。今は資本主義の仕組みがあるのでそうなってます。

みんなが高得点取れるようになったら型を変えるだろうことは想像できる。

差が生まれなくては困るんですよ。現代のこの社会では。平等なんて言ってるがそんなのは嘘だ。

基準値の変化が起こります。これはいつかは読めないけど必ず…。

資格が英語が出来るようになるために必要と思えば、ずっと机の上で、学習しなければいけなくなります。終わりはないですよね。

そして、生身の人間からは遠ざかります。もう機械!

何が起こるか…。

学習以外(規格外)が出てくると驚いてしまい脳というデバイスが動かなくなります。フリーズするんですね。

これが、外国人の前で言葉が出なくなるメカニズムとも捉えられるかなと。

敢えてこの理屈でいくと、全く同じ基準で繰り返しの機械学習をしているもの同士しかどこかで通じ合えないんですよね。

でもこれも、人と機械で変わらないのかもしれません。

人として当てはめて考えると、価値観が似通っている人の方が居心地よく会話できるし、想定外が出ても安易に受け入れられるし、互いに折れていきやすい。仲良くなりやすいんです。

これが多民族の人たちや価値観の前提が違うもの同士で話し合おうと思うと、嫌な気がするせいで上手く対話できない人がいるという理由の説明にもなる。

これが集団になるとアップデートが難しい弱い集団です。基準値が大切。

話をTOEICに戻すと、英語を使えるようになった過程で、外国人はTOEICから学習していません。

ほとんどの人がそんなもの知らない。資格がある英語教師に見せても「なんだこれは?」となります。それが答えなんです。

自由に英語を使いこなして会話するのにTOEIC信仰は邪魔になる理由には十分。
なるべく、多くの人が学んだ方法に合わせた方が通じ合いやすいけど逆境している。

最初にじーっとテキストと睨めっこして暗記していつまでも使わないなんて学習方法をしている英語習得者は異質なんです。世界では。

あなたは評価基準がいつか日本、そして世界で変わった時に対応できる人間ですか?

評価されるため目指す事は正解ですか?

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