食べ物で分かること
豪州は、多民族が混ざっている国です。私が住んでいた場所のパースは、西オーストラリア州の都心部にあたるため労働者や学生も多く余計にバックグラウンドが様々な人が多かった。
それなので、大勢が集まるパーティーなどでは必然的に様々なナショナリティーの人が集まります。
そんな時主催者は、とても食べ物に関して気を遣います。
集まりが開かれる前にそれとなく人の食の好みを知るために根回しをして探る人、または自分で情報集めをする人。そして、形式的に文書のようなものを作成し全ての人に聞き込みをする人。
めちゃくちゃ色んな人がいますが、共通するのは日本よりもかなり気を遣う人が多いことです。
少なくとも教養がある層は、そうなります。
これを意外と理解していない日本人は多く、安易に自分が好きなものを勧めたり、相手も好きと言ってくれるだろうと勝手に決めたりしがち。
こういう態度は、他民族からしたらすごく嫌で気分が悪いことになる可能性も高い。
彼らは食文化は尊重しなければいけないと知っているため、実際に直接日本人に文句言う人はそんなに多くはありません。仲には、気を遣い褒めてくれる人さえいるかもしれません。
場の空気を乱さないように、気を遣ってくれているのです。
言うとすれば、よほど腹が立っている可能性も高いのです。
けれども、見えない場所では相当言ってるんですよね……。
私は耳が良いので、実際に現地の人が日本人の悪口や陰口を言うのを多く聞いてきました。
しかも、親しくなった人から直接日本人の愚痴を言われた事もあります。どうしてこういう日本人が多いのかという風に聞かれたこともある。
ただの食べ物じゃんと思いきや、大きな問題になり得る。
嫌がられやすいことの大概は、まとめると
“日本人は仲良くなると、こちらの好き嫌いは考慮もせずに、自分が好きだと相手も好きと思ってくれるよね!と得体の知れない期待をかけてくる。そして勧めてきて困る。”
ということに尽きます。
無言の圧力みたいな感じといえば分かりやすいのかと……
言い換えると、
“自分が好きなものでも相手がその自分が好きな部分を嫌いな可能性はあるし、それを尊重しようという配慮がない。”
という話なんです。
これを強く感じすぎると、反発して言おうと狩猟民族は思うでしょう。直接、言ってくるのは限界という印…
例えば多民族が多い国では、自分が大好きなものを相手が大嫌いと思って、「まずい」とか「おえー」と言ったり、「これは食べられない」と言ったとして、
“あっそうなんだ!”と軽く受け流せるレベルのドライさを身につけている人が多いんです。
色んなバックグラウンドの人が集まってたら、いちいち人の好き嫌い(嗜好)に反応なんかしてたら身が持ちませんから自然とそうなってる人が多いということ。
それに下手したら、その人の否定にさえ繋がる大問題なんです。ただの食と思いけりゃ人生にまで……
そりゃあ触れない方がいいよねという話なので、動作や雰囲気で探り合っているのです。
こういう大きな問題を、自分のお気持ちで見ていると大変。
食には文化と宗教が密接に関わり合っているのは無視できないのです。
しかも、イギリス文化圏は階級もある。異様に面倒くさいんです。
仲が良くなった程度で、相手の好みを聞きもせず(または探ろうともせず 笑)
「わーい!日本の食べ物勧めてみよ!」
なんてやったら、嫌がられることも十分あり得ると知っておくべき。
常識ある人達は、みんな表に見せていないだけで、すごく気にかけているのでおバカ認定を受けますよという話なんですよね……。
それを証拠に私自身、ちょっと苦手だなと思い手をつけなくても、そんな時は誰も何も言わずにスルーするし表情さえ変えない人は多かったです。気を遣ってるのよ。みんなそれなりに。
特に宗教や文化から派生した食文化が多くあると知っているので、それだったら大きな問題になる。
触れないようにしなければ、そして配慮しなければと主催者はいつも大変。
日本人にはそこまで重大に捉えられない感覚かも知れないけど、宗教や文化は大きな問題で譲れない国も多く、下手に触れては大変なのです。
大変な事態だなと最初に私が思ったのは、パーティーの際自分達が食べるものがないからとか、または中身を疑い、自分達で食事を準備し主催者のものに全く手をつけない人達に会ったことです。
けれども、それには誰も触れませんでした。
「あー!食べるものなかったの!ごめんなさいね!」
と言うムードメーカーはいたけど、、
たまたま食欲がなくて食べてなかった時は、
「あなたも宗教上や文化の事情なの?もし良かったら……」
と勧められ事情が分かったことも……
こんな感じのことは、何度も経験しました。
宗教だけじゃなくて、文化とか色んな人がいます。民族により消化しにくいものとかもありえますね。けれども、そういうのを考慮できなかったら主催者側の責任。そういう世界で生きてる人さえいるんです。
パーティーの主催はとても骨が折れる大変なことなんです。多民族が多ければ多いほど。
そういう事情で生きている人の中に、日本的感覚が強い人が混ざるととても異様な訳です。
“自分が好きなものでも相手がその自分が好きな部分を嫌いな可能性はあるし、それを尊重しようという配慮がない。”
と伝われば妙な溝ができる。
軽く見れない背景さえある場合もある。
そして、宗教に従わなければ大問題になる国もあることも……
食べ物で分かることは非常に多くて、好き嫌いだけの話ではない場合さえあるのです。
そういう事情があると知って、コミュニケーションをとった方が良いのです。