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妊婦して鬱になった話②

2020年5月16日。初の産婦人科受診。赤ちゃんの心拍をしっかり確認できた。米粒くらいの大きさなのに心臓がピコピコと動いていることに感動した。

ああ、本当にわたしの中に、赤ちゃんがいるんだ、、そう実感してなんだか涙が出た。それからも毎日毎日、赤ちゃんの事を調べてはウキウキしていた。


だけどそんなマタニティハイになっていたのも束の間。すぐにわたしはつわりに悩まされることになった。

初めは何となく怠い、うっすら気持ち悪い程度だったけど、6週後半からは本格的に吐きづわりが始まった。

肉や魚を一切受け付けなくなり、何とか果物やゼリー、ヨーグルトを少しだけ食べられるくらいになり、それでも吐いてしまうことの方が多かった。

トイレで吐くと顔に水が跳ね返ってくるので、小さな容器にビニール袋を設置してベッド横に置いてそこに吐いていた。

寝ても覚めても気持ち悪い。一日中何もできず寝たきりの日々が始まった。

産婦人科に相談すると嘔気止めの薬(プリンペラン)を処方してもらえたがわたしには気休め程度の効果しか得られなかった。

毎日毎日嘔吐する日々。体重はみるみる減っていき、38キロから33キロまで落ちてしまった。こんな体で赤ちゃんは育ってくれるのだろうか。その前に私自身痩せすぎで死ぬのではないか...そんな不安が押し寄せる。

そしてついに重症妊娠悪阻とのことで入院。毎日8時間の点滴治療をすることになった。入院生活は看護師さん、助産師さんみんな優しいし、毎日体調チェックをしてくれる。食事を取らなくても点滴で栄養補給されてる。夫に会えないことは寂しかったけど、とても安心できたし体調も日に日に良くなっているのを感じられた。

入院前はスマートフォンを見るのですら気持ち悪かったけど、大分マシになりYouTubeを見たり漫画を読んだりできるようになった。

こうして1週間がたち体調も落ち着いていたので退院。久しぶりの我が家。久しぶりの夫。幸せをしみじみと感じていた。

しかし退院後3日も経つと、体調はあっという間に逆戻り。むしろここからが本格的な悪阻地獄の始まりだった。仕事はできる状態ではなく長期のお休みをもらうことになりそうと上司に報告した。

特に辛かったのは夜〜明け方にかけて。突然ものすごい吐き気に襲われて嘔吐する日々が続いた。そして毎晩、いつ吐き気が襲ってくるのかという不安で、わたしは不眠症になってしまった。

寝ようと思っても寝付けない。常に意識がある状態。寝ないとずっと気持ち悪いのに、寝たいのに、、、寝ようとすればするほど寝られず、それを恐怖に感じるようになった。全く眠れないまま迎える朝はなんとも気分が悪かった。夜眠れないどころか、朝も昼も全く眠れない。どんなに目を閉じて横になっても、意識がなくなることはなかった。

寝付けるようにヒーリングミュージックを聴いたり、お風呂にゆっくり使ってみたり、体を温めたり、できる限りのことはしたがやはり寝付くことはできなかった。もしかしたらわたしはこのまま、一生まともに眠ることができないのではないか....と思い恐怖した。

眠れない辛さ、24時間つきまとう吐き気。段々とわたしの精神は壊れていった。

眠れない日が続き限界を迎えたある夜中に夫を起こし、

「もう赤ちゃんなんていらないから今すぐ元の体に戻して欲しい」

「このまま眠れないくらいなら死んだほうがマシだ。もうわたしを殺してよ」

泣き喚きながらこんなことを何度も叫んでいた。

夫はわたしが落ち着くまでずっと大丈夫だよと言って抱きしめていてくれた。

翌日わたしは初めて心療内科を受診した。まだ妊娠初期なのに、睡眠導入剤と安定剤をあっさり処方されて驚いた。妊娠中なのに大丈夫なのかという不安もあったが、とにかく寝たかったわたしは、とりあえず軽めの安定剤だけ飲んで寝てみることに。

すると夜、何日かぶりに眠ることができた。目が覚めたとき、あぁ、わたし眠れたんだな、、ととても安心した。本当に久しぶりにまともに眠れたことがとても幸せに感じたのでした。

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