旅立ちの文【第2回灯火杯】


手紙をもらうのは、いつぶりだろう。

小学生の時は、授業中にこっそり手紙を回した。
中学生の時は、初恋の人の家のポストに手紙を入れた。
大学では、恋人と記念日ごとに文を交わし合った。

ただ社会人になってからは、そんなこともめっきりなくなった。手紙を書くことも、そしてもらうことも。


封を慎重に開けてみる。

そこには私にそっくりのあの見慣れた字があった。

懐かしい。


あなたがこの場所を離れるのを少し、いや、とても寂しく思います。
私は寒いのが苦手だから、いつもは春が早くきてほしい。
そう思っていたけれど、今年ばかりは別でした。

春なんて、一生来なければいいのに。
そんな身勝手なお願いを神様は聞いてくれるはずもなく、段々と春は近づいて、その度に、ああ、文が旅立ってしまう。そう思っていました。

ねえ、文。
あなたから幾つ手紙をもらったかしら。

ごめんなさいね。文からの手紙は、とても嬉しいのに、きちんと返事をしたのは、数えるほどだったね。

だから、今日は私から手紙を書いてみました。便箋も封筒も一生懸命選んだのよ。

文が家から出ていくのは、とても寂しいけれど、一つだけ楽しみなことがあります。


たまにでいいから、また私に手紙を書いてくれる?

今はスマホもあるし、手紙なんて書かなくたって、繋がっていられること、分かっています。

でもね、あなたの手紙がまた読みたいの。

あなたの書く言葉は、いつも私を勇気づけた。
繊細で、それでいて力強く、そして想いの詰まった言葉でした。

我が子ながら、天才かしらって、いつも思っていたの。

お返事は、いつでも大丈夫です。

文が旅立って、そしてまた文を交わせることを楽しみにしているわ。


本当に自分のペースに巻き込むのがうまい母だ。
でも、嬉しかった。


母は、私が物を密かに書いていることを知っているのだろうか。

私の書くものを待っていてくれる人がいる。
ここに一人。確実に。

それだけで、私はもうどこへでも旅立つことが出来る、そんな気がした。




こちらの企画に参加させていただきました。
たくさんの方に読んでいただけると、嬉しいです。

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