若年深夜徘徊ものがたり【創作短編】
あなたに会いたい。ただそれだけだった。
口元にはあなたが使った後に、ほっぽっていたマスク。
私はあなたの匂いが、大好きだから。
深夜二時。私は家から飛び出した。
暖かくはなくても、寒くはなかった。
空気がもやもやして、霧がかっていた。
もうクリスマスはとっくに終わったというのに、イルミネーションがきらきらしている家が何軒かあった。
灯りが灯されている家であれば、私をきっと受け入れてくれる。そう思った。
この灯りは、私を歓迎してくれる「しるし」であると、何故だか分からないけど、そう思った。
深夜二時に見知らぬ人の家のチャイムを鳴らす勇気は、私にはなかった。
こんこんと、そっと表札の隣をノックした。反応がない。
誰も私に気づいてくれない。私のことを助けてくれない。
でも仕方ない。私は疫病神だから。
私がいたら、死が訪ねてきてしまうから。家にはいることが出来ない。
いつもならこんな夜中に出歩くのは怖くて仕方がないのに、誰もいない世界、それが心地よかった。霧も、私を悪いものから隠してくれているようだった。
またこんこんと小さくノックする。気づいて。
そう思っても、届きはしない。
果てしなく遠く感じた。
いつもなら十数分で着いてしまう、あなたの家が果てしなく遠く感じた。
幼稚園の時に、毎日登ったあの坂が、私を彼から遠ざけているかのように立ちはだかった。
ゆっくりと歩を進める。そして、ゆっくりと戻る。
私がもし疫病神だとしたら、死を連れてくる死神だとしたら、
あなたは死んでしまうのだろうか。
坂が多い町で育った。
この坂も自転車なら一瞬なのに。
登って、くだって、そしてあなたの家が見えた。
チャイムに自然と手が伸びた。
「ねえ、あなたの匂いでここまできたの」
あなたの捨てたマスクを外しながら、そう告げた。