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歌声が紡ぐ物語(中井智彦さんのコンサートに寄せて)

昼と夜の長さが同じになる、秋の日。

歌手、そして俳優である中井智彦さんのコンサートにうかがいました。

「中井智彦 Musical Concert 2023 -歌物語-」と題して、昼の公演では「Man's Heart」(男心)、夜の公演は「Woman's Heart」(女心)をテーマにしたミュージカルナンバーが披露されるとのこと。
私が聴いたのは、夜の公演です。

会場であるBLUES ALLEY JAPANは、落ち着いた雰囲気のライブレストラン。
しっとりした空間で美味しい食事とお酒を楽しめる場所です。

照明が変わり、長濱司さんのやわらかいピアノに導かれて登場した中井さんが深みのあるバリトンで歌い始めたとき、「あれ?」と思わずあたりを見回しました。
急に、お店が広くなったような気がして。
いやいや、そんなはずはないよね、と思い直して、音楽に耳を傾けます。
でも、曲が変わると、今度は天井がぐっと高くなったように感じられるのです。

3曲目に差しかかるころ、音楽が時間や空間を伸び縮みさせているんだ、と気づきました。
中井さんが歌うと、そこに物語が立ち上がる。

恋の喜び、夢破れた絶望、人生を切り拓く意志と、平和への祈り。
七色の歌声が会場を包み込んで、私たちに物語のふるえを伝えている。

大がかりなセットも、色とりどりの衣装もないけれど。
目の前に野良猫たちの寝ぐらが出現し、
貧しさと戦ってきた女性の人生が走馬灯のように流れていき、
虹のむこうになつかしいふるさとが見える。

一体どうやったらそんな魔法がつかえるのか、ぽかんと口(耳?)を開けて次々展開される物語を見送っているうち、気づいたら、あっという間に1時間半が過ぎていました。
ミュージカルの魅力がぎっしり詰まったぶ厚い本のページを、次々にめくって見せてもらったみたい。
終盤、ゲストとして登場した樋口祥久さんとのコラボレーションには、心があたたかくなりました。
今振り返っても、ひと夜の出来事だなんて信じられないくらい濃厚な時間だったなあ。

お店を出るとき、もう一度コンサートのタイトルを見て、この体験を一番適切に表す言葉は確かに「歌物語」だと深く納得しました。
私は仕事柄、誰かに何かを伝えようとするとき、つい言葉の「意味」に依存してしまうのだけれど。
人の魂から発せられる声とメロディには、本来それだけで物語を伝える力があるんだな。

ライブの幕が下りても、物語は終わらない。
今夜あたらしく知った感情をもう一度体験するため、劇場に足を運び、ミュージカルを観る楽しみがここから始まるという、贅沢。

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髙橋三保子
読んでいただきありがとうございます! ほっとひと息つけるお茶のような文章を目指しています。 よかったら、またお越しくださいね。