谷桃子バレエ団『ラ・バヤデール』 感想
谷桃子バレエ団の新春公演『ラ・バヤデール』を観劇。同団の全幕公演を生で観るのはこれが初となったが、想像を上回るクウォリティに冒頭から涙が止まらず……。深い感動を忘れないように、記録しておこう。
概要
『ラ・バヤデール』は、古代インドを舞台にしたロシアバレエ作品。寺院の舞姫ニキヤと戦士ソロルの死に至るほどの愛が描かれた本作は、谷桃子バレエ団オリジナルの脚色で、より複雑な五角関係となっている。
私は全3公演のうちの初回である、2025年1月18日のマチネを観劇した。
ガムザッティ役 / 光永百香
最も興味を沸かせたのは、ニキヤの恋敵である美女・ガムザッティを演じる光永百花。
2024年の8月に入団した新メンバーでありながら、それまでは牧阿佐美バレヱ団に8年在籍しファーストソリストにまで上り詰めた実力者。主役を多数経験していたため安定感があり、見事ガムザッティ役をオーディションにて勝ち取った。164cmと比較的高めの身長に、可愛らしくもありつつクールにも感じられるお顔立ちや、身のこなしの上品さが魅力的。
もちろん上述したような彼女の実力やギフトに惹かれているのだけど、それ以上に、実力社会であり人気商売でもあるバレエにおいて、自分にまわってきたチャンスをしっかりとものにした強さが好きだ。
他団でファーストソリストだったとはいえ、バレエ団ごとに流儀がある。私も転職したばかりだからようやく分かるようになったが(一般サラリーマンと並列に語るなと怒られそう)、どれだけ得意だと思っていたことでさえ環境が変われば、自信をなくしてしまうくらい慣れるまでが大変だったりする。ましてや主役クラスを狙って、何年も同団で下積みしてきた先輩ダンサーたちとも競う世界。役を勝ち取ったあと、嬉しい気持ち半面、「大型新メンバー」としてプレッシャーなども相当あったのではないかと勝手に推察している。小心者では務まらない。そういう意味では、同団でいまや最も人気となった森岡恋も、入団当時から「気持ちが強い方が勝ち。絶対(成功)しますよ。じゃないとこの苦労が水の泡。苦労した分、上にあがれる」と発言していたあたり、そもそもバレエダンサーはある程度の気の強さが必要なのだとは思うが。それでも年功序列をどうしたって気にしてしまう一般サラリーマンからすると、すごく苛烈な世界だなと思う。
当初は3公演目のガムザッティ役を獲得していた光永百花だが、1公演目のガムザッティを演じる予定だった北浦児依が一身上の都合で降板し、代打として同回もガムザッティを演じることとなった。入団直後の大きな公演で準主役を、3公演のうち2公演も務める。
私が悔しいのは(?)、谷桃子バレエ団を「若きバレエダンサーが苦悩しながらも夢に向かって邁進する」成長譚として楽しんでいる層からすると、「テラスハウス」をはじめとするメディア出演を多数こなしてきた光永百花は何においても玄人感がありすぎるがゆえに、「面白くない」と一部から難色を示されていたこと。彼女には彼女なりの悩みがあるはずなのに、見える場所でそんなコメントをされるのが私は悔しい……。
そんななか迎えた本番。同団の実力者として名高い、主役ニキヤを演じた馳麻弥にまったく引けを取らない堂々たる姿で観客を魅了した。体幹が良いから見ていて安心感があるのはもちろんのこと、ニキヤと愛を誓っていたソロルの心を動かしてしまうほどの魅力という点においても説得力のある気高さと美しい踊り。ガムザッティ役に光永百花を配役した谷桃子バレエ団の審美眼にもまた信頼が増した。
第一幕
3幕のうち最もストーリーが詰まった1幕。ソロル演じる中野吉章は、「世界の観るべきトップダンサー25人」に選ばれた実力者で、ゲストとして本公演のクウォリティを底上げした。初登場シーンではダイナミックなジャンプで魅了。踊りの逞しさから、一目で彼が主役だと分かる。
一方ニキヤ演じる馳麻弥は、静謐な佇まいで登場。バヤデール(舞姫)たちの中でも一際美しいとされるニキヤの神秘的な雰囲気に、思わず涙…。ニキヤ登場まで、炎を囲む男性陣の力強い儀式が続いたから、対比でより一層ニキヤの優美さが際立つ。
ソロルとニキヤが愛を誓ったあと、王により結婚が決まったソロルとガムザッティ。恋敵となったニキヤとガムザッティの、ソロルを巡ってジュエリー投げつけからナイフでの殺人未遂にまで発展する2人のメロドラマ展開。あんなに品の良い美女2人が、男のいないところで割と物理的な喧嘩をしているのが面白い。
第二幕
ソロルとガムザッティの婚約式ではじまる第二幕。仏陀の踊り、扇の踊り、インド舞踊を交えたという祈りの踊りなどが披露され、インド“らしさ”が詰まった東洋趣味全開のシーン。
個人的に好きだったのは(いや多くの観客も同様に思ったはず)、太鼓の踊り。人間の頭より大きいサイズの太鼓を叩き鳴らしながら踊り、その太鼓を空中に投げてキャッチするという技が3回ほど入る。YouTubeで公開されているリハ映像でも、何度かキャッチミスがあり難易度の高さが伺えてドキドキしながら見守ったが、いずれも見事にキャッチ。拍手喝采の踊りだった。
そしてガムザッティとソロルのパ・ド・ドゥが、ニキヤには申し訳ないが(?)やはりうっとりしてしまう…。アダージョで演奏されるロマンチックな音楽と、誰もがバレエと聞いてイメージするような伸びやかな肢体に、オルゴールの人形が踊っているようなロマンチック世界を見る。
第三幕
ガムザッティによる罠によって命を落としたニキヤを追うようにしてソロルが死に、黄泉の国が主な舞台となる三幕は、一面純白の幻想世界。天使のように踊る32名のコールドバレエは、舞台後方のスロープを1名ずつ順にアラベスクで降りていく。リハ映像では平面に並んで(セットがないスタジオでの練習なので仕方ない)動いていたからそういうものだと思っていたが、本番でスロープを降りていく様に釘付けになった。同じ動きが繰り返されているのに全く飽きない。
谷桃子バレエ団オリジナルの要素として加えられた、修行僧マクダヴェアのニキヤに対する恋心。白いベールを通して2人を繋ぐ演出も、最後の最後までロマンチック。
天上へと歩んでいくニキヤとソロルの姿で幕を閉じ、拍手と歓声に包まれて終演した。
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