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『おいしいごはんが食べられますように』書評|嫉妬のスパイス
この書評は、高円寺「本の長屋(コクテイル書房)」で開催されている「書評を書く読書会」に参加して書いたものです。読書会では、課題図書について参加者が800字程度の書評を書いて持ち寄り、話し合います。後日、主催者の方からも書評について個別にフィードバックをいただけます。
※現在読書会メンバー募集中です(2024/4)
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この話に出てくる食べ物は、なんだかあまり食欲をそそらない。食べ物とともに描かれる、どこかに泥を含んだような人間関係が、本来おいしいはずのものに不調和な隠し味を加えてしまっているような気がする。
物語は、とある会社で働く二谷と、後輩女性の押尾といった人物視点から交互に綴られていく。彼らの話題の中心にいるのは、2人と同じ部署の、いつも笑顔で優しい女性の芦川。彼女は身体が弱くて、仕事ができない。残業が2日以上続くと体調を崩すし、大声を出して怒る人が苦手だから、ミスをしても謝りには行かない。彼女を配慮して上司や先輩が代わりに行ったり、彼女の分まで働いたりして仕事を回している。
そんな、周りに配慮されている芦川が気に入らない押尾。押尾の気持ちに同調する一方で、「弱い芦川」に可愛さも感じ、こっそり付き合っている二谷。
彼女への嫌悪感が表に出始めるのは、彼女が定期的に手作りのお菓子をふるまうようになってからだ。残業ができないお詫びに、同僚へお菓子を配る彼女と、その行動がしゃくに障る二谷と押尾。そのたびに、彼らの「いじわる」も発動された。
ありのままで、自分らしく、自分を大切に。近ごろ社会は「無理をしない」大事さを主張するようになった。頭痛で休むことは、何も悪くはない。残業ができないお詫びに、特技を生かしてお菓子を作ることは悪いことじゃない。けれど、残業ができない芦川の裏で、同じく頭痛を抱えた押尾が我慢をして働くことは? 「私も辛いのに」そう思いながら、芦川の分まで働く押尾に、誰が「自分を大切に」と声をかけてくれるだろうか。「無理をしない」でいられるのは、「無理」を素直に言える人に与えられた特権になってしまっているようだ。
自分は我慢をしているのに、あの人は我慢をせずに生きている。本当は自分だって、素直に生きていきたいのに。彼女に向けたその嫉妬が、手作りのお菓子にふりかかっているような気がした。
課題図書
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