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読書記録⑱『太陽を掘り起こせ』ドリアン助川著
著者のドリアン助川さんを知ったきっかけは、YouTubeで流し聞きしていたラジオの人生相談。ドリアン助川さんは、パーソナリティーを務めていた。変わった名前だな、と思った。いい声しているなぁ、とも思った。
人生相談に電話をかけてくる人の声は、当たり前なのかもしれないけど、みんな暗い。不平不満のある被害者の声。疲れ切っていて重たい声。パーソナリティーであるドリアン助川さんは、相談者の悩みを聞き出して心理療法師や弁護士の専門家の先生につなげる役割だ。そして悩みを相談し終えた相談者に、最後に何かしら一言声をかける。それはトータルしてもたぶん10分にも満たない短い時間だけれど、その声がすごく温かい。淡々としているけれど、落ち着いていて優しい。
それで少し心に留めていたら、ある日図書館でドリアン助川さんの著書『あん』と出会った。それが樹木希林さんの演じた有名な映画であることとつながって、この人が原作者だったんだ‥‥とちょっと嬉しくなった。もちろん読んだ。でもお約束なことに内容をほとんど覚えていない。ただ読んでいる間は、ちゃんとその本の中に取り込まれて、その世界を堪能してきたという感触は残っている。また他の作品も読みたい、と思えたほどに。そんなわけで、今回目に留まった『太陽を掘り起こせ』。あらすじから書いていこうと思う。
ある日、太陽が消えてしまった世界。息子を亡くしたばかりの七十歳の徳丸芳枝は、自宅の一階で営んでいたカフェを閉じ、二階の寝室で泣いて過ごしていた。そこへ七、八歳くらいの男の子が訪ねてくる。男の子は名前も何もわからない様子で、ただ川の向こうに太陽を探しに行くと言う。暗闇の中一人で行かせるわけにもいかず、芳枝は男の子と一緒に家を出てついていく。
河川に着いてすぐ、芳枝は男の子とはぐれてしまう。放っておけずに明かりのない中を進むと“豹”と名乗る、自分と同い年ほどの白髪の変わった男性と出会う。芳枝は豹と一緒に男の子を見つけるため、川の流れに沿って歩いていく。
※ ※ ※
場面は切り替わり、ここからは芳枝と大島豹太とのメールのやり取りが始まる。太陽が消えてしまった世界は、高校時代に文芸部仲間だった大島豹太の創作だった。二人は病床で流行りの感染症に侵されながら、パソコンでやり取りをする。
そして二人の現状や過去が少しずつ明かされながら、童話の世界もどこか現実とリンクするように展開していく。
最初は、おとぎ話のような世界観だと思って読み進めていた。太陽が消えてしまうなんて、世界の終末期のような絶望感が漂いそうだが、不思議とそんな感じはしなかった。それは表紙にちょこんと描かれたイラストが、絵本の中から飛び出してきたような愛らしい絵柄だったからかもしれない。カピバラとおかっぱ頭の女の子と黒豹の絵。本の装丁はほとんど全体が黒に覆われているけれど、彼らの存在感が気持ちを重くはしなかった。
重たいものが胸に押し寄せてくるのは、パソコンのメールでのやり取りの文だった。感染症の病状。前日まで意識もあった、すぐ横のベッドにいた患者が亡くなっていくさま。
本文中の「患者数が多いためエクモも使えない状況」という言葉で、“エクモ”という単語を調べた。肺の役割を補助する治療らしい。呼吸を助けてくれるのだ。ネット上では「コロナ重症患者の最後の砦」とも書かれていた。
何も知らなかった。私は普段、ニュースを意識的に避けている。報道のトーン自体に暗さや残酷さのフィルターがかかっている気がして、影響されやすい自分には処理できる自信がない。でも明るくていいところだけに目を向けて、厳しい現実から目を背けてばかりいるのも違うと思っている。
情報は自分で選ぶ。だから取り入れると決めたものに対しては、ちゃんと読んで消化したい。
病院にいれば、症状が急変してもすぐに対処してもらえる。そんな安心感が、想定外の非常事態の中ではあっさり崩される。生きる根底の呼吸が脅かされることは恐怖だ。取るに足らないほどほんの短時間の経験だったけど、そこに共感できるものがあるから、本当に怖いと思った。
そして大島豹太は、海外の危険地帯を取材して回った元ジャーナリストだ。ベルリンの壁の崩壊、カンボジアの地雷原、内戦が終結したばかりのルーマニア。歴史の教科書に載っているようなことではなく、現地で見たものを生々しく語る。
悲惨な情報は、安全な場所で生活している自分たちを責めるためにあるわけじゃない。知ったら、まずは今自分がいる場所を、当たり前じゃないと思えればいいと思う。日常の些細なことで、すぐに感情の波に翻弄される私が言っても説得力がないけど、そこに立ち返ることは忘れたくない。
一方の童話のパートは、背景がずっと闇に包まれているというのに、どこか幻想的でコミカルな雰囲気が全体を覆っている。「星の王子さま」に少し似ているかもしれない。現実の登場人物たちも姿を変えて現れる。
何かに囚われてしまい、その役割から抜けられなくなっている人。言葉を尽くして伝えることはできても、結局そこから抜け出すことを最終的に決めるのは本人だ。芳枝と豹は川の流れと共に進むしかない。
川は「歳月の川」と呼ばれている。歳月の川はやがて海に出る。芳枝と豹と、途中の道のりで出会った(探していた子とは別の)丸刈りの男の子。三人は小舟に乗っている。暗い海の上にはいくつもの光が見えてくる。その光は、たくさんの子供たちが、それぞれランプやランタンを載せているボートの光だった。みんな懸命にオールを漕いでいる。どの子も太陽を探しにきたようだ。
読みながら暗い水面に反射して伸びる、暖色のランプの光が目に浮かぶようだった。もしもこれが絵本なら、きっと子供もこのシーンにうっとりするはずだ。
童話の中の芳枝は、父と母と再会する。これを引用してしまうと、大分ネタバレになってしまうので迷ったが、印象的だったので引用しておく。ある子供の言葉。
「みんな、生きたぶんだけじかんをかけて、子どもにもどっていくんだよ。また生まれてくるその日まで。でも、たいようの光のもとでは、オレたちは見えない。ときどき水になったり、かぜになったりするけどね」
ラストシーンでは、またちょっとしたひっくり返りが起こる。
童話の世界は優しくて、でも本質的なことも形を変えてちゃんと書かれているから読み応えがあった。まるまる童話だったとしても、それはそれで楽しく読めたと思う。
だけど、病床の二人のパソコンのやり取りはやっぱり必要だった。読んでいて少し息苦しさを感じる文も、すっと自分の中に入ってきた。厳しさと温かさ。著者のドリアン助川さんの在り方に触れた気がした。
読後感もいい。この素敵な世界観を味わいたい方は、ぜひ読んでみてほしい。