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骨折して気が付いた「出来ていたことが、出来なくなる辛さ」

大人になってから骨折する人はどのくらいいるのだろうか。少なくとも私の周りにはいなかった。だから良く言えば、この経験は貴重だ。だからと言ってお勧めすることではないが(笑)。せっかくなので、この貴重な松葉づえ生活での出来事や心境を残しておこうと思う。


帰国後に骨折。松葉づえ生活スタート

12月末にフィリピンの留学を終えて、意気揚々と帰国していた私は、その1週間後に松葉づえ生活をするなんて予想もしていなかった。これから新しい仕事もしつつ、英語の勉強もしていくぞ!なんて思っていたのだ。

年末だったこともあり、私は部屋の大掃除をしていた。大掃除とは言っても大したことはしていない。というのも、私は掃除や整理整頓が大好きで常日頃からやっているため、大掛かりにする必要がない。しかし、どうしても玄関の上の棚の中のものを一度整理したかった。

折り畳み椅子の上に乗って、体制を斜めにしながら物を取り出していた。そのうち急に椅子が倒れて、気が付いた時には耐えられない痛みに声を上げている自分がいた。「折れている」病院に行く前から、自分で分かるほどだった。夫に「骨が折れたから、今日は外食できないわ」とLINEを送信。夫はすぐに職場から駆けつけてくれて、タクシーで病院へ向かった。そして、予想通りに医師から左足の骨折を告げられて松葉づえ生活がスタートした。

左脚を見るたびセンチメンタルな私が完成

初めは折れたことを重く受け止めていなかった。留学で使用していたキャリーケースに両手を置きながら、家の中を片足で歩き回ることを楽しんでいる自分がいた。

しかし、問題は風呂に入る時だ。骨折部分を見たことがある人は想像できると思う。内出血がひどく、腫れてパンパンになっている左脚の甲。足の裏も、内出血が広い範囲に広がっている。私は自分の傷口を見るのが、子供のころから大嫌いだ。見ていると悲しくなってくる。「なんでこんなことになちゃったんだろう、、」そんなことで頭がいっぱいで急激にテンションが下がり、あっという間にセンチメンタルな私の完成である。

自分の価値がなくなる感覚

風呂に入るのも、歩くのも、何かを持ち上げて移動させることも、何もかもが煩わしい。夫の助けがないと、今まで通りの生活ができない自分が腹立たしく、受け入れられなかった。働くこともできず、私は何ができているのか。価値がない人間に思えてしかたなかった。

3年前くらいに上司に怒鳴られる生活のせいで、躁鬱状態になったせいか、落ち込みやすい性格になっている。そんな私はズーンと沈みつつ、夫の前ではなるべく元気にふるまおうと努めていた。

映画「世界一キライなあなたに」

この映画を自然と思い出した。ご覧になったことがある方は、様々な感想を持っていると思われる。簡単にまとめると、事故で両脚の自由を失い生きる希望を失っている青年とお手伝いで雇われた女性が主人公。最終的に青年は、尊厳死を迎えるというストーリーだ。

初めて見た時は、尊厳死という選択をすることへの理解が難しかった。理解したいけど、理解できない。そんな感覚だ。でも、今なら少し分かると思ってしまった。骨折なんかで何をそんなに重く考えているんだよ、と自分に突っ込みつつも、「当たり前に出来ていたことが、出来なくなること」を受け入れる辛さを思い知ったのだ。

「出来なくなる自分を受け入れる」辛さの理解

この辛さを理解できたことは、自分にとって良かった。
なぜか。これから私は病気で心を病んでいる人を救いたいと思っているからだ。

病気、特に癌などが発覚した際、受け入れることの難しさは教科書等で知っていた。しかし、知っているのと、身をもって理解しているのとでは大きな差があるだろう。

この世の中捨てたもんじゃない

ここまでの話を読むと、骨折してメンタルやんじゃった人の話みたいだが悪いことばかりではなない。こんな状況だからこそ、助けてくれる人の温かさに触れる機会も少なからずある。

私も、「この世中、捨てたもんじゃないな」「もっと楽しいことが待ってそうだな」と誰かに思わせるような人になりたい。そういう気持ちが強くなったから、松葉づえ生活も経験して良かったと言えるのではないだろうか。

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