#41 近いように見えて
カフカの不条理小説の一つに ”塔” という小説があって、私はその小説をすべて読んだというわけでなく森本哲郎作のエッセイの中で紹介されている。
主人公は、仕事で請われてある街に来るが、まだ目的は知らされていない。とにかく街にそびえる塔に行かなくてはいけない。
この塔が、結構近くまで来ていると思えるのだが、なかなかたどりつけず、自分は何のために呼ばれたのかと疑心暗鬼になりながら塔を目指して歩くという話のようである。
あるとき、自分は、技術計算プログラムの改修を頼まれて、プログラムをいじっていた。その自分が生まれた前に作られたとされるそのプログラムは
50年も経ってまだ現役で使われているとも思われなかったであろう。プログラムのあちこちに追加されるいろんな年代物のコメント文は、そのいじりながら使われてきた痕跡である。旅館の新館と別館の渡り廊下があって、継ぎ足し継ぎ足ししたものは、どこに何があるのか把握しずらい構造となっている。
一般にプログラムと言えば、共同作業が多いのだが、技術計算プログラムは全体も小規模で予算の関係からか、孤独な作業であることもままある。
そんな背景が理解できたとしても、どこの誰だかわからない人がどういう意図で作ったかわからないものを、読み解くのは根気のいる作業である。
ゴールが見えないと限界に近づいた私は、以下のような文章をメールの文に添えて依頼元に送った。
東京タワーは結構近いと思えても歩いてみると結構遠いものです。
依頼元は、同じフロアにいたので心配したのだろう(そりゃそうか)
すっとんできて、なぐさめてくれた。
その後別のプロジェクトで、依頼元は私の表現が気に入ったようで
ゴールがエッフェル塔だとすると、もうドバイには来ているよね?
いや、インドぐらいですかね?
ゴールが近いかどうかはわからない。